第11話 ケインとお茶と私(1)
「あー、やっと寮に帰れたわ。今日は色々と大変だったぁ」
図書館でエインヴァルに会うし、廊下で大きな狼に襲われるは、さらにケインに会って。しかも男性が二人ともエビの攻略対象だし。
乙女ゲームってこんなにイベントが多いものなのかしら。
「はぁ~~、落ち着くわ」
「ありがとうございます、お嬢様」
アメリアがにこやかに、私へ向かって礼を言う。いや、こんな美味しい紅茶を入れてもらって、お礼を言いたいのはこっちなのに。
少し苦みのある紅茶を一杯、口に含むとティーカップをそっとテーブルに置いた。
「しかし、不思議と痛くないわね」
「治療魔法がよく効いたのでしょう。よかったですね、お嬢様」
治療魔法……この世界は魔法があるんだ。今度、詳しく調べよう。
そんなことを思いながら、目の前のクッキーを摘むと口へと運ぶ。
ちょっと苦いけど、これ美味しいじゃない。
「お嬢様、顔が緩みすぎです。もう少しお上品にお召し上がりくださらないと、奥様に怒られますよ」
「だって、美味しいんだもの」
こちらに来てから初めての甘いものだったので、つい大きく顔に出てしまったようだ。
私は少し紅茶を飲んで、気持ちを落ち着かせる。
しかしまだ会っていない、こちらの世界のお母さまはどんな人なんだろう。
そんな期待と不安が交錯し、紅茶の苦みを増させた。
コンコン。
その時、寮の白い扉が不意に叩かれる。
「お嬢様、どなたかとお約束されましたか?」
「うーん、特に約束はしていないと思うけど?」
「そうですか……」
アメリアはそう答えると少し黙りポットを置いた。そして扉のノブに手をかける。
ゆっくりと開いた扉の向こうには、正装をした男性が立っていた。
「これはステラード様。エビ様はお隣ですが?」
「いえ。エリナゼッタ様に呼ばれまして」
「お嬢様、ステラード様がお越しです」
「えっ!? ケイン、どうしたの?」
「あっ、その……『遊びにきて』と言われていたので」
「あっ、そっ、そうだったわね」
「日時を決めない時は、通例では『その日の夜』と聞いてきたのですが?」
「そ、そ、そ、そうね。合ってるわ」
もう、そんなルールがあったのね。そりゃ、夜に男女二人きりで会うって約束していれば、エビが慌てていたのも無理ないわ。
落ち着きを取り戻すために、紅茶を一杯飲み干す私。
「さっ、ステラード様。立ち話もなんですから」
「そうね。座って」
「はい」
ぎこちない動きで、明らかに緊張しているケイン。いや、私も緊張しているけど。
アメリアは時々こちらを確認しながらも、新しいティーカップを用意して彼の前に置いた。
「お嬢様」
「あっ、あ、いただくわ」
ついでに先ほど飲み干してしまった紅茶をもう一回注いでもらう。
エビとディアナも来るって言ってたし、それまでなんとか時間を持たせないと。
「あ、あの」
「な、な、な、なあに?」
精神年齢的には相当年上の私だが、いかんせん男性とあまり話したことがない。
もう、何の話をしたらいいか分からないじゃない。ましてや、十五歳の男の子となんて。
どうしよう!
心の不安がティーカップを小刻みに揺らす。
「さあ、飲んで」
「はい」
「ねえ、食べて」
「はい」
紅茶とクッキー。その二つが黙々と消費される。
こちらをチラチラと見て、顔を赤くしては紅茶を飲むケイン。
そうよね、何話していいのかわからないわよね。私もそうだし。
「えーと、その……」
「はい」
そうだ、魔法のことを訊いてみようか。そうとも思ったが、妙に不審がられても困るのでやめておいた。
「あっ!? 助けていただいてありがとうございました」
「えっ!? 私、何かした?」
「あの、体を張って獣から助けていただいたので」
「ああ、いいのよ。何となく体が動いただけだし」
「何となくですか……」
少し話せてほっとしている私。クッキーを口に運ぶと、パキッと口元で割った。




