第10話 治療室と私(2)
ディアナの行動にエビの表情が険しくなった。
「お姉さま……よかったですわ」
「ディアナ! 降りなさい!」
さらに怒りに熱がこもるエビ。
私はディアナの額から後頭部にかけて、ゆっくりと頭を撫でてやる。
少しは落ち着いたかしら。そう思い、私は彼女に優しく声をかけた。
「ねえ、そこを外してくれる?」
その言葉に少し不満げな顔を見せた彼女は、少し目を伏せるが首を小さく横に振った。
それを見て、自分も抱き着きたい気持ちを抑えているエビは、ケインのほうを見ると強く言った。
「ケイン、手伝って!」
「う、うん」
二人は同時にベッドへ寄ってくる。そしてエビがディアナの肩を掴み、私からはがそうとする。
「ほら、ディアナどきなさい」
「お姉さまのそばを離れるなんて嫌ですわ!」
「もう! ケインも見てないで手伝って!」
「う、うん」
そう返事はするものの、女の子の体をどう触れていいか困っているケイン。
ケインのそんな動揺を「ちょっと可愛い」と思う私。
だが、「早く」と急かすエビ。彼は意を決したように、彼女の胴にすばやく腕を回すと一気に引き剥がした。
「お、お姉さま」
それでももう一度ベッドに行こうとするディアナを、強引に椅子に座らせるエビ。
ディアナの扱いに慣れているのがよく分かる。
「もう、すみません。お姉さま」
「いいの。もう痛みもないし」
そう言って私が笑いかけると、妹は肩の力を抜くようにすうっと息を吐いた。
そうとう心配をかけていたのだろう。
「だいたい、ケインがお姉さまをちゃんと守らないから」
「すみませんでした」
私に向かって謝るケイン。
でも、あの獣に勇敢にも立ち向かってくれたのは、ケインである。
私は彼のせいにするのはあんまりだと思った。
「で、でも」
だが、私がかばう言葉を発するよりも先に、エビが彼に向かって畳みかける。
「だいたい子供の時も私に守られてばかりで」
「そ、そんな昔の話はいいだろ!」
昔話を持ち出され、エビとケインは喧嘩を始める。
幼馴染とはこんなものなんだろう。喧嘩するほど仲がいいってやつか……あれ?
「あっ!!」
大声を上げた私に、何事かと驚く三人。
そうだ、思い出した。ケインもエビの攻略対象じゃない。二度もこんなことをしてしまうなんて……でも、よく覚えてないからしょうがないじゃない。
「大きな獣に襲われたエビを助ける幼馴染のケイン。かっこいいわ」
「でも、廊下なんかに獣が出てくるのって都合よすぎない?」
「そこがいいんじゃない……もう、わかんないかな」
「うん。わからない」
「それでね。ねえ、聞いて」
「私の意見は無視なのね」
「そのいつの間にか成長していたケインに、エビが男らしさを感じて好きになるって話なの……かああああああ、ビールが美味い」
あの時は私も飲んでいたから、おぼろげにしか覚えてないけど、そんなことを話した気がする。
「ねえ、二人とも喧嘩はやめて」
私のその言葉にはっとする二人。ディアナはこの隙にと、席を立とうしているところを見つけられ――――そのまま席に座らされた。
「だいたい騎士のくせに、逆にお姉さまに守られるなんて」
「そ、それは」
「それに怪我までさせてしまって…………もう、万が一のことがあったらどうするつもり!」
さらにケインを追い詰めるエビ。
さすがに言い過ぎでは、と思った私は彼女に向かって言った。
「エビ、おやめなさい」
「えっ……あっ、はい。お姉さま」
「ごめんなさい、ケイン。妹が」
「いえ、大丈夫です。いつものことなんで」
そう言いながらも、明らかに落ち込んでいる様子が見えるケイン。
どうしよう……二人は仲良くしなきゃいけないのに。
「そうだ! こんど部屋に遊びにきて」
「えっ?」
私の提案に二人同時に顔を見合わせる。学園の寮に遊びにきてもらい、そこでエビと仲良くしてもらえばいい、そう思った私。
エビは呆然と私を見つめ、ケインはキラキラと目が輝いている。そうね、エビと仲良くできるかもしれないのが、そんなに嬉しいのね。
「ねっ、そうしましょ」
「は、は、はい!」
「ちょっ、お姉さま」
「私も一緒にいきたいですわ」
――と、そこまで黙って聞いていたディアナが控えめにすっと手を上げた。
「どうしようかしら?」
「えー、私もいきたいですわ」
うーん、私がディアナの相手をすれば、エビがたくさんケインと話せるわね。
そう思って「いいわ」と言おうとした時、エビが食い入るように言った。
「お、お姉さま! 私も一緒にいきます!」
「えっ、う……うん」
彼女の勢いに思わず返事をする私。エビは最初から一緒にいてもらうつもりだったからちょうど良い。
そんなにケインと話したいのかしら。良かった。
「ケインとお姉さまを二人きりにできません!」
「そうね。私とケインが二人きり……えっ!?」
男の人と二人きり……そのシチュエーションが頭になかった私は、ケインと目を合わせると顔が熱くなるのを感じた。
「……そっ、そっ、そっ」
どうしよう。前世で男性とあまり話したことない私は、どう返事していいのかわからずに、同じ言葉を繰り返す。
がんばれ私。
「そ、そ」
「お姉さま落ち着いてください」
エビの言葉に気持ちを落ち着かせようと深呼吸する。そして視線の先にいるディアナが目に入った。
そうだわ!
「ディアナも一緒にね」
その言葉に満面の笑みを浮かべた彼女は、飛び上がって喜んだ。
「やったですわ!」
「わ、私も一緒に!」
「いいわよ」
もともとエビとケイン、二人を仲良くさせるために言ったことである。
「じゃ、ケイン。よろしくね」
「は……はい」
私は力なく返事をするケイン。なんかがっかりしているように見えた。
エビと仲が悪いのを、そんなに気にしているのね。
「何とかしなきゃ」
私は二人をなんとかしないと、と硬く心に誓ったのだった。




