第1話 転生した私(1)
「アホー! アホー!」
あほー、あほー……あほうどり? そうか、あほうどりか……。
私は布団の中で聞いた鳥の鳴き声。その声の主を寝ぼけた頭が、さらに寝ぼけた回答をしたのに納得してしまう。
ん、まて……違うぞ、なんだっけ?
そう、頑張れ私。回答が違うのは分かっているのだ。
昨日の飲みすぎで半分は壊れているだろう私の頭は、今、猛烈に検索をかけている。
がんばれ、もう少し……自分をつい応援してしまう。
そこで出た答えを、にやけながら声に出して言った。
「ふふふ。そうよ、カラス、カラスだわ」
出た答えに天にも昇る気持ちで満足した私。
粗大ゴミの日に「微妙に違うかな」と持っていったゴミと、まさに同じゴミが堂々と置いてあった時と同じぐらいの勝ち誇った満足感があった。
「そうですね。お姉さま」
その時、不意に布団の中から天使のような声でささやかれた。
ん、なんだろ? テレビかな?
もう、本当に私は半分壊れかかっているのだろう。テレビと実際の声の区別がつかなくなっている。
飲みすぎはよくないな、反省せねば。
そういえば、お母さんも言ってたっけ。
「そんなに飲んでばかりいると馬鹿になるよ!」
そうだ、馬鹿になったのか。
馬鹿もまた楽しいもんだ。
私はまたもや、口元を緩ませると寝返りをうつ。
ん? こんなにうちのベッド……大きかったっけ?
「あれ?」
不思議に思った私は目を少し開けてみる。すると、ベッドの前には大きな縦置きの鏡があった。
ベッドの境界線から見える鏡。
その鏡には見たことない綺麗な金髪の少女。
誰? ……あー、テレビか。やっぱりテレビだったんだ……鏡にテレビが映ってるのね。
私、やっぱりテレビつけっぱなしだったんだ。
そう勝手に納得する。そして、つい一か月ほど前のことを思い出した。
☆
「迫力ある画面で攻略キャラを見たいじゃない。だから、大きなテレビ買ったから古いのいらない?」
攻略キャラとやらはよく分からないが、友達にそんな事を言われた。
そのテレビをなんも考えないで無料=安いという理論でもらう私。
しかし、でかい……でかすぎる。
私と妹と友達。
「女三人いればなんとかなる」と思ってた私の、あまーい考えは見事なまでにガラス細工のように粉々に、そう、粉々に散ってしまう。
「これよりでかいテレビ買ったの?」
「うん」
勝ち誇るように胸を張って言う友達。
そう、貰ったそれは世間では75インチと言う、横幅が畳一畳分もあるテレビだった。
その後、いろいろあったが部屋まで死ぬ思いでテレビを運ぶ。
「お姉ちゃん。押し入れの下、使えないよ」
ベッドの反対側に置いたので、押し入れの下の部分が使えなくなってしまったのだった。
「な、なんとかする」
少し斜めにテレビを置き直す。
私はその隙間から手を伸ばす様にして押し入れの下の物を出す人になってしまったのだった。
☆
テレビ消さないとな。
そう思うが眠気に負けてしまう意思の弱さは自信がある私。
駄目駄目な私はそのまま目をつぶると、反対側に戻るように寝返りをうった。
あれ? ……なんか柔らかいものがある?
手に触れた柔らかく暖かいもの。それに違和感を覚えながらも、またもや私の半壊してる頭は答えを出した。
そうか、抱き枕か。
そう、友達が置いていった抱き枕。
半ば強引に、捨てるかのように置いていった男性キャラの描かれた抱き枕。
酔った勢いで抱き着いて寝てしまい、起きた時に何ともいえない気分にされた事、数回。
またか……、そんな気持ちでいると、意外と心地いい触りごこち。
「いいわね、これ」
呟きつつ、つい、それを抱きよせる。
「お姉さま?」
そのはっきりした天使の美声と、確実に抱き枕じゃない感触。
に、人間だ。
驚きと同時に飛び起きる。布団を跳ね除け、少し距離をとって……それを見つめた。
彼女は黒髪で……ど、どこのアイドル様ですか?
きょとんとした顔で私を見る彼女。
びっくりして目を見開いているであろう私。
ふいに髪の毛を直そうとして止めた私の手。そのままの状態で見つめ合う二人。
何……この子、可愛い……某アイドルグループならセンターになれるような。いや、可愛いだけじゃセンターは無理よね。そう歌とかダンスとか……って、違う!
そんな事考えてる時じゃないわ。
私はかなり動揺しておかしくなっているのだろう。
一呼吸して自分を落ち着かせる。そして「誰?」と聞こうとした瞬間、頭の中に言葉が浮かんだ。
(ディアナ・クライド 学園の後輩)
クライドさんって呼んだ方がいいのかしら。学園って、学校の事よね。
学校の後輩って、もう何年も前に卒業したからその間の後輩?
もしかしたら現役学生とかなのかしら。
でも、名前からして外国の人よね。
そんな人って……。
ああああ! もしかして私、アパートの隣に越してきた子が挨拶に来た時、酔っててしでかした!
犯罪とかになるのかしら?
私は変な汗が体から出るのを感じた。しかし、なぜ学校の後輩だって、わかったのかしら。
「ふう、しかし綺麗よねえ」
つい、そんな言葉が口をついて出た。
外国人だ。
そう決めつけ、彼女をまじまじと上から下まで見つめてしまう私。
完全に現実逃避だった。
彼女は黒髪を左へと揺らし、顔を真っ赤にさせる。それでも視線はそらせずにいた私は、そのほのかに赤い唇が今まさに開こうとするのを目撃し、我に返った。
もう頭の中で「犯罪かも、外国人かも、可愛い」の三つの言葉が、ぐるぐる瞬間的に回りまくった私。
やばい。
慌てまくった私は「外国人」と言うキーワードの中、最適と思われる言葉をつむぎだす。
「ハ、ハロー」
私は軽く左手を振り、にこやかに挨拶をする。
さっき、彼女が「お姉さま」と日本語を思いっきり話していたのも忘れて。
「はろー?」
私の言葉に反応する、どこかのアイドル。
その小首をかしげる仕草は、確実に通じていない事を意味した。
そして、爆発的に可愛かった。「もう、このまま抱きしめていい?」と思い切り聞きそうになる気持ちを抑える私。
やばい、英語は通じない人か。他に外国語、外国。
あっ、明〇ブルガリアヨーグルト~♪。
そうだブルガリアだ。ブルガリア。
って、ブルガリア語なんて私に分かるわけないじゃない!!!!
思いっきり自分につっこみ、ますます頭の中が混乱する。
その時だった。
彼女は不意に動き出したかと思うと、私に近づいてきたのだ。
艶やかな黒のショートボブが少し揺れ、日本人とも外国人とも思える彼女の顔が目の前にくると私を不思議そうに見つめる。
ただただ見つめる。
そんな彼女の瞳にドキドキする私。すると昔よく読んでいた少女漫画の台詞を思い出した。
「気持ちさえこめれば、言葉が通じなくても大丈夫」
冷静に考えれば、そんな事は絶対ありえない。
ありえないのだが思いついたその台詞にすがるしかなかった。
そして、ある外国語を思い出す。動画で何回も見た外国語。
こ、これなら皆知ってるし、気持ちさえこめれば。
私は、「私が害の無い人間だ」と言う思いをこめ、出来るだけ明るい笑顔をつくる。
「アイ、ハブ、ア、ペン」
語尾は少し上がったけど、これで発音は完璧なはず。
私は自信満々に言うと同時に妙に冷静になった。
え、私、何言ってるの恥ずかしい。
「あい、はぶ、あぺ?」
アニメに出てくる美少女キャラの如く、可愛く小首をかしげる彼女。その妖艶なほどに美しく動いた唇と髪に、私は頭の中が真っ白になった。
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