触れた熱
web拍手御礼第3弾
ちょこっとだけ妖しい表現あります(R-15にもならない)
紅雲が朱花と恋仲になったのは、つい先日のことだ。まとまるまでにそれはそれは大変な紆余曲折があった。
何故かは知らないが朱花の中で紅雲が『とてつもなく優しい善人』という意味の分からない位にまで上りつめ、そのせいで何やら「悪女になる」などとわけのわからないことを言い出した彼女の誤解を解くのにはとても骨が折れた。
(伝わっていないんだろうなとは思ってたがまさか本当にまったく伝わってなかったなんてな)
どうりで紅雲が触れるたびに真っ赤になるはずである。
(いや、それは相変わらずなんだが)
互いに互いの誤解を解き、あの子に触れたあの日。さすがに、唇を塞いだだけで顔どころか耳まで真っ赤に染まる初心な彼女にそれ以上どうこうできるわけもなく、気が済むまで抱きしめて口づけることで自分の中の欲を半分ほど消化したわけなのだが。
そこは紅雲も男である。
消化したはずの欲は、少し時間が経てば雪のように積もり、溶けることなく蓄積していく。そして欲が積もれば積もるほどそれに比例するように朱花に触れる時間が増えた。ふとした時に手を伸ばして、あの細い肢体を引き寄せて抱きしめている。そして厄介なことに、抱きしめるまでの一連の動作はほとんど無意識にやっている。
正直、自分がここまで堪え性のない人間だとは思わなかった。
(というか、なんでこいつは俺から触ると逃げるくせに自分は普通に触ってくるんだよ)
紅雲が抱きしめたときの朱花の反応は二種類だ。
真っ赤になって固まって、腕の中で縮こまる。または真っ赤になっていやいやと暴れ、脱兎の如く逃げようとする。
前者ならまだいいが、後者は地味に傷つくものだ。──まあ、そう簡単に逃がしはしないのだが。
そして朱花は、こちらから触れると逃げるくせに、かなりの頻度で自ら紅雲に触れてくる。今だってそうだ。
「紅雲さん! 女将から手紙が届いてるわ!」
長椅子に腰かけていた紅雲にぱたぱたと軽快な足音をたてながら近寄って、開封した手紙を一緒になって覗き込む。当たり前に肩は触れ合っていて、顔も近い。彼女が上を向けば互いの吐息が容易く混じり合う距離だ。
──触りたい。抱き寄せて、抱きしめて、吐息どころか唇を合わせて。塞いで、啄んで、貪って。求めて、暴いて、完全に自分のものにしてしまいたい。
欲が腹の底から沸き起こって、近くにある朱花の匂いに酩酊を覚える。甘やかな香りはくらりと紅雲の理性を揺さぶって、鎖を引きちぎろうとしてくる。
このまま本能に身を任せて貪ってしまおうか。
この子はきっと逃げようとするだろう。だって毎度そうだ。完全な拒絶ではなく、羞恥からの逃亡。それが紅雲に甘い痺れをもたらしているなんて、紅雲の欲を積もらせる原因になっているだなんて、この子は多分気づいていない。
返って来る反応が可愛らしいからと、今まで逃がしていたけれど。
少しでも欲を消化しないと、溜まりに溜まったそれはいつか朱花を食い荒らす。
「朱花」
手紙を終始にこにこと読んでいた彼女が、読み終えたそれを箱にしまおうと紅雲から身を離す。
名を呼べば、振り返った愛らしい顔がきょとんと瞬きをした。
「ん」
おいで、という意味を込めて腕を広げてみせる。
一度怪訝そうに小首を傾げた彼女は、紅雲がじっと見つめると不思議そうにしながらもすすっと近づいてきた。
ここで常の紅雲ならば、細い腕を掴んで引き寄せる。だが、この日は彼女から来るのをじっと待った。
──こちらから触れて逃げるのであれば、あちらか触れてもらえばいい。
「ほら」
腕を広げたまま、再度促す。
こちらにおいで。触れさせて。
「え、あ、う...っ。わ、私、手紙を片づけに」
「俺が後でやる」
「そ、そうだ! 食器を洗わないと!」
「それも俺が後でやる」
「こ、紅雲さん昨日水燕さんにお手紙書かないとって言ってたでしょう。書かなくてもいいの?」
「明日どのみち仕事で桜夢に行くことになったんだ。その時に話せばそれでいい」
ひとつひとつ退路を断って、逃げ場をなくして。そしてとどめとばかりに微笑んでやれば、観念したのか顔を赤くしたまま華奢な体がぽふりと倒れこんできた。
抱きしめて肩口に顔を埋める。白い首筋に軽く歯を立てて吸えば、綺麗な朱い花が咲いた。今にも死にそうな声で「こ、こううんさん」と名を呼ばれるが、それを無視して小さい耳に齧り付く。
「ひぅっ。ま、待って...う、あ......」
別に今ここで貪るつもりはない。ただ少し、持て余し気味の熱を解き放ちたいだけだ。
背に回った腕のせいで逃げることができない朱花の手が、縋るように紅雲の着物を掴む。それに少しだけ欲が満たされたかと思えば、満たされたぶんだけまた、欲が沸いた。
背に回していた腕を滑らせて、さらさらと髪を揺らす後頭部を捕まえる。そのまま少し上向かせれば、僅かに潤んだ黒水晶のような眸と目が合った。
何か言いたげにぱくぱくと口を開閉させているが、血色の良い唇から音が零れることはない。
欲望のまま瑞々しい果実のように潤ったそれに食らいつこうとして、紅雲はふと動きを止める。
(......してもらうのもありだな)
どうやら自分のこの熱は、彼女から触れてもらうことで少しずつ解放されていくものらしい。
身じろげば触れ合うという距離で止まった紅雲は欲を湛えた目で至近距離から朱花の眸を覗き込んだ。
試しにねだってみれば、ただでさえ真っ赤だった顔がさらに赤く染まる。耳も、首筋も赤く色づき、色香が彼女を包む。
ああ、これはまずい。
──溺れて、しまいそうだ。
ありがとうございました(〃'▽'〃)




