見合い相手推理大会
web拍手御礼小話第2弾
時系列は第一部終了後、『誘惑と葛藤』のさらにその後。
「そういえば、私のお見合い相手って誰だったのかしら・・・」
読了した本をぱたんと閉じて、ふいに思い出したように呟いたのは完全に無意識だった。
貸本屋から借りてきた本の中身はいたって王道な、貧しい女の子が王子様に見初められる話である。何故その話を読んでいてかつて逃げ出した見合いの相手が気になったのかは朱花にもわからない。突然、ふと、疑問が降って沸いたのだ。
あのときは家が決めた見合いが嫌で嫌で仕方なく、逃げ出すことに精一杯だったのだが、家から解放され心に余裕ができた今、逃げてしまった見合い相手に対して罪悪感のようなものがじわじわと腹の底から沸き上がってくる。
(ひどいことしちゃった・・・。お見合い、すっぽかすなんて)
かと言って、今同じように見合いが舞い込んだとして、朱花はやっぱり相手に会うことなく逃げるだろう。
結婚確定の見合いなんて話を聞くだけでもご免だ。
「気になるか?」
「紅雲さん」
厩舎に馬の世話に行っていたはずの紅雲が、口の端を持ち上げながら聞いてくる。いつの間に戻ってきていたのだろう。少なくとも、思わず零した呟きは確実に聞かれていた。
朱花が座る長椅子の隣に腰掛けた彼は、朱花が閉じてしまった本を浚ってぱらぱらと捲り始める。読むわけではなく、手慰みのような仕草で、それでいて内容を把握したような顔で彼は朱花の顔を覗き込んできた。
「これでなんで見合い相手が気になるんだよ」
「さあ、女の子と王子様が結婚したからじゃないかしら」
結婚と聞いて今の朱花が思いつくのは見合いだ。見合い、そして結婚。それは定められた線の上を歩く貴族の娘として、朱花も辿るはずの運命だった。
ふーん、と気のない相槌を打って、紅雲が探るように朱花の眸を覗き込む。
「誰だったと思う?」
「お見合い相手?」
「ああ」
まるで自分は知っているとでも言わんばかりの彼の表情に、朱花はきょとんとした。
「紅雲さん、知っているの?」
「まあ、考えられるのはひとりしかいないしな」
「えっ?」
もたらされた衝撃的事実に、朱花は二の句が継げない。
そんな彼女に紅雲がにやりと笑ったのが、朱花の負けん気に火をつけた。
***
さて、朱花は柏家のひとり娘である。柏家は今現在、春翔国最高の地位である宰相の位にいる。と、なれば。考えられる見合い相手は複数人に限られてくるわけなのだが。
「うーん、国内でないとすれば交易のある櫻紫国とか葉秋国とかの上級官吏家か王族かかしら・・・・・・紅雲さん、重いわ」
「残念、外れだ。耐えろ」
言い終わらないうちにずしりとのしかかる重量が増す。そろそろ本気で倒れそうだ。
散々、当てずっぽうで国内の有力家の名を上げた朱花だったが、見事に惨敗。仕方なしに国外の名を出してみても、当たる気配すらない。
あまりにも当たらないからか、途中で飽きたのかは知らないが、隣に座っていた紅雲が朱花に上体を預けてきたのが少し前のことだ。最初は重さに気を使ってくれていたのだろが、今は遠慮なんて一切ない。むしろ朱花が間違える度に罰としてか重さが増すのだ。
おかげで朱花は今、肘掛けに追い詰められている上に肘掛けに頼って何とか体を倒さずにいる。
「降参か?」
「うっ・・・・・・」
密着に対する羞恥を捨てて懸命に戦って来たというのに、残念ながら朱花にはもう答えが思い浮かばない。それでも降参は癪に障る。
心底悔しそうな顔で紅雲を睨んだ朱花の顔は、紅雲からは見えていないはずなのに、彼がくすりと笑った気配がした。
「・・・・・・こ、降参です・・・」
言ってしまった。負けてしまった。
降参を示した途端、謎の敗北感に苛まれる朱花の体から、今までのしかかっていた重さが消えた。
ああ、肩が軽い。だなんて除霊後のような感覚で思っていると、とさりという軽い音とともに、今まで肩にのしかかっていた重さが膝の上に移動してくる。
「はい?」
「答え合わせするぞー」
「ぜひお願いします、ではなくて。え? 紅雲さん? 聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「ん?」
「どうして私、紅雲さんの枕になっているの?」
答え合わせも気になる。とても気になる。だがその前に、どうして大腿の上に紅雲の頭が乗っているのかが気になって仕方ない。
もしや体調でも悪いのかと思えば、紅雲から返ってきたのは簡潔に一言。
「俺が眠いから」
「部屋で」
「答え合わせするぞー」
部屋で寝ればいいのでは、という至極尤もな提案が低い声に掻き消される。
「紅雲さん、おも」
「まず答えから簡潔に。お前の見合い相手は現柏家の後継ぎ、まあ要はお前の元義兄だな」
「えっ?」
思っていた諸々のことが、紅雲の放った答えによって頭から吹っ飛んだ。
(え? 私のお見合い相手があのひと・・・?)
相手がわかった途端に、見合いを放り出して逃げたことへの罪悪感が薄れるから不思議だ。
「なんでかわかるか?」
「いいえ。だって言ってみれば義理とは言え兄妹婚でしょう? 利益なんてないわ」
兄妹婚、という言葉に、紅雲の眉間に僅かに皺が寄った。これは機嫌が悪くなりそうだ。
「紅雲さん。眉間の皺、とれなくなっちゃうよ」
膝の上から退こうとしない端整な顔に手を伸ばして眉間の皺を丁寧に伸ばそうとすると、手を掴まれて大きく溜息をつかれてしまう。何故だ。
「・・・まず第一に、お前が蹴った見合いがもし諸国の王侯貴族との縁談だったのなら、事は大事。下手すると国交に関わることだ。だが大事どころか大して噂にも上がらず、まるで最初から縁談などなかったことのようになっている。つまり、そう大層な相手じゃなかったってことだ。それか身内か、だな」
そして第二に、と続く言葉に耳を傾けながら、朱花はごくりと喉を鳴らした。今更ながら、事の重大さに気づいたのだ。相手先が紅雲の言う「大層な相手」じゃなくて本当によかった。
「兄妹こ・・・・・・現柏家の後継とお前を結婚させる利益なら充分にある。まずお前の元義父母は養子縁組をしてお前と繋がりを持ったとしても、それはあくまでも義理で、柏家代理だ。将来的に柏家を継ぐのはお前で、現状は代理に収まっていられたとしてもいつ養子縁組を解消されるかわかったものじゃない。柏夫人がいい例だろ」
「つまり、不安要素をなくすために私と義兄で婚姻を結ばせて結びつきをより強固にしようとした、ってこと?」
「ご明察。さらに言うなら離縁の権利は男側にしかないからな。一度結婚してしまえば、ってことだ」
紅雲が何気なく付け足した付加知識に、朱花の顔からさあっと血の気が引いた。意図せずして顔が引き攣る。
「と、いうわけで答え合わせは終わりな。二時間経ったら起こしてくれ」
「え。まさかこのまま寝るの!?」
「? ああ」
「部屋で寝たほうが」
「朱花。お前、推理大会で負けたよな?」
にやりと片頬を吊り上げて言われたその一言に、朱花の表情が引き攣ったまま固まった。
(負けたら罰則とかなにそれ聞いてないわ・・・)
ぴしりと硬化した朱花に気づいているのかいないのか、紅雲はごろりと寝返りを打って朱花の腰に腕を回す。
「ひっ・・・」
「んじゃ、二時間後によろしくなー」
「待って紅雲さん! やっぱりこのまま寝たら体痛くするわ! 寝るならちゃんと部屋に戻ってちゃんとした枕を使ったほうが」
「──お前がいい。なんか柔いし、高さ良いくらいだし、あたたかいし」
「っ」
もぞもぞと動きながら紅雲が喋るたび、衣越しに彼の吐息を腹に感じて、羞恥が這い上がってくる。吐息を感じるということは、それだけ近いという事で。どうしよう、今物凄く叫びたい。
「・・・・・・」
にっちもさっちもいかなくなって黙り込んだ朱花は、ついには抵抗を止めた。このまま抵抗を続ければ、自分に不利な方向へと転がっていきそうな気がするのだ。膝くらい、貸したっていいではないか減るものでもあるまいし。
(駄目だわ減るわ主に私の精神が! あと二時間も耐えるなんて無理!)
いっそのこと、紅雲を膝から振り落とせば解決するのではないだろうか。
その極論に至った朱花が紅雲振り落とし作戦を実行するのはもう少し後の話。
そして、どうにか振り落とそうとするたびに密着度が増して朱花が混乱を極めるのは、言わずもがな、である。
お付き合いありがとうございました^^*
【追記】
サイトの方でweb拍手更新しました。
ランダム設定になっていますので『【はこび屋】触れた熱』になるまでカチカチしてみてください笑
お時間ある時にどうぞ(2016.10.28)




