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はこび屋  作者: 一朶色葉
小話
15/17

誘惑と葛藤

サイトに上げていたweb拍手御礼小話

時系列的にはepisode1が終わった後


「紅雲さん。見て見て! 女将から紅を貰ったの」

「んー?」

 スパンと小気味いい音を立てて開いた戸から姿を現した彼女に、紅雲は目を閉じたまま気のない返事をした。

 以前ここにふたりで泊めて貰った際に請け負った荷物を無事運び終えたのが昨日だ。荷物、とは言っても十数通の手紙で、重さはないために運ぶのにそれほど労力はいらなかったのだが。

(まさか手紙の数だけ家を回る羽目になるとはな)

 そう。問題はその手紙の数だった。

 近いところでは隣町。遠いところでは春翔国の中心に位置する勾胡から一番距離のある国境付近まで。手紙の住所を確認し忘れて、やっと都付近に戻って来たというのに再び国境近くに向かわなければならなくなったときの絶望感は、半端じゃなかった。

(一晩無銭で泊めて貰った対価にしちゃ、不釣合いな気がするがな)

 もちろんのこと女将に抗議しに戻って来たわけだが、彼女は「それは悪かったね。お詫びに一泊していきなよ」とさらりと言ってのけた。ありがたいが、負けた気がするのは何故だろうか。

「紅雲さん! 紅雲さんってば」

「あー?」

 疲労困憊ではあるがしかし、退屈はしなかった。それもこの少女が隣にいたから、なわけで。

 寝台に寝転がっていた紅雲は、うつらうつらしていた意識を引き戻して瞼を押し上げる。

 ───そして度胆を抜かれた。

 いつの間にやら至近距離に美しくも可愛らしい顔。こちらを覗き込むようにして見下ろしているもんだから、彼女の影が自分にかかっている。そして元々血色の良い唇には、蠱惑の赤が。

「・・・・・・」

「女将がくれたの。少し大人っぽいけど、私ももう十七だしって。似合うかしら?」

 僅かに幼さの残る顔立ちに、真っ赤に映える赤。正直言って、似合う似合わないの話ではない。

(おちつけ落ち着け。堪えろ、理性)

 元々の顔の作りが母親に似て人形じみて整っているというのに、少しの化粧で犯罪級にまで飛躍している。

 反応を返さない紅雲に、朱花は口を尖らせる。

「似合わないなら似合わないって言って欲しいのだけれど」

 彼女が何か話す度に、蠱惑の赤が視界で動く。僅かに開く唇から覗く白い歯とこれまた赤い舌。誘っているようにしか見えない。

(・・・まずこの体勢がおかしい)

 暴走しそうになる本能を押しとどめ、脳が急にこの場の状況判断に走り出す。わかっている、完全な現実逃避だ。

(おちつけ、こいつは柏宰相の娘。柏宰相の)

「紅雲さん。見るのも嫌ですか、そうですか。・・・せっかく、綺麗に出来たから見せにきたのに」


 拗ねるような声音に、すべてがぶっ飛んだ。


「えっ、うわっちょっ」

 突然腕を掴まれ寝台に引きずり込まれた朱花は、反転した視界で今までに見たこともない紅雲のにっこりとした満面の笑顔を見ることになる。

 そしてその笑顔に隠れて眸が獲物を見つけた獅子のようにきらめいている様も。


「───煽ったお前が悪い」




***




「・・・おや、どうしたんだい」

 紅をあげた少女が肩を落として姿を現したことに、女将は片眉を上げた。

 確か、鏡に向かって唇からはみ出る紅と格闘していたはずだ。そして綺麗に仕上がったと喜んでいた気もする。

 けれど今、少女の唇に紅はない。元々紅などのせなくても血色の良い唇だった。それが紅のおかげで大人っぽさの演出までできていて良い仕上がりだと思ったのだが。

「紅、落としたのかい? もったいない」

「・・・・・・紅雲さんに、当分紅は禁止だと言われました」

「紅雲の旦那に見せに行ったのかい! へえ、大した勇気だ」

「私、そんなに似合ってませんでした?」

 下手すりゃ喰われかねないと思って言ったのだが、どうやらこの少女は違う意味で捉えたらしい。

 目の前でますます肩を落とす少女にではなく、おそらく部屋にいるであろうあの青年に同情してしまう。

(気の毒に、紅雲の旦那。・・・据え膳だったろうに、よく我慢できたね)

 本人が聞いたら眉をひそめそうなことを胸中でこっそり思い、女将は意気消沈している少女の宥め作業に取り掛かった。


 翌日、宿を発つ青年に睨まれたのは言うまでもない。


閲覧ありがとうございましたm(_ _)m

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