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久しぶりに早く更新できた\(^O^)/
今月2回目の更新です
何の前置きもなく単刀直入に紅雲が問うたことは、見事相手の意表を突くことに成功したらしく、徴陰はしばし唖然とした後、ははっと苦笑した。その笑みが僅かに引き攣っているのを紅雲は見逃さない。
「よく見えてるな」
「野郎の懐見つめる趣味はないが、気になったもんでね。コカの葉はうちにはない。それどころか持ち込むことも禁止されている。理由は──」
「おいおい、ちょっと待ってくれ。コカの葉はそこまで危険な代物じゃあない。蒼葉では茶として飲むくらいだぞ」
「蒼葉で嗜好品として使われていようが、うちでは危険物だ。そんなに必死になって喋るってことは、それがうちでどういう扱いを受けている代物なのかわかってるんだろ?」
徴陰の弁解を冷ややかに切り捨て、紅雲は目を細める。
「コカの葉自体はお前が言うようにそう依存性もなければ精神に作用することもあまりない。だが、それから抽出精製できるものは麻薬だ。うちでは馴染みがないから抽出技術を知る奴はほとんどいないが、普段から嗜好品として嗜んでいる蒼葉の人間には抽出精製なんてお手の物だろう」
「・・・濡れ衣だ」
「そうかもな。だが、お前は少なくとも春翔国でそれが危険物として扱われていることは知っていたはずだ。そして、本来なら関所で没収されるはずのものをここまで持ってきている。それだけで犯罪なんだよ」
春翔国の妓館は、麗しい妓女を目的に他国の人間がひっきりなしに訪れる。仕事の国として名を馳せる春翔国は、仕事に従事する人間を守るための法律を設け、他国からもたらされる脅威を事前に排除するためにも各関所で検問を行っている。国境沿いの関所ならば追い返されるだけで済むものを、国内に持ち込んでしまえばこちらの法で捕らえられ、場合によってはこちらの牢に突っ込まれる。
どうやって勾胡までの関所を乗り越えて来たのかは知らないし、興味もないのだが、彼は今紅雲に勘付かれた時点で立派に犯罪者だ。
「蒼葉がうちと国交がないのも、昔からこういう不正持ち込みが多いからと聞いたんだがな。それに最近、ここの妓女が体調不良で倒れることが相次いでいるらしい。無関係ならそれでいいんだが、もしお前の懐にあるそれが原因なら罪は益々重くなるな」
「・・・」
「そしてこれは俺の推測なんだが、お前が最初に蒼葉の言葉で話しかけてきたのは俺が春翔国の人間かどうかを判断するためだろう? 言葉がわからなければこの国の人間で、この国の人間ならコカの葉について知識もない。だから勧めやすいし、茶葉としてなら誰も疑わない。だが、俺は蒼葉の言葉がわかる人間だった。もしかしたらコカの葉についても知識があるかもしれない。だから会話からどこまで蒼葉のことを知っているのか探ろうとした」
「・・・・・・ただの商人じゃなかったのか」
「ただの商人だよ、今はな。抵抗しないのか?」
コカの葉を持っている時点で徴陰は犯罪者。これを見逃す紅雲ではないし、警邏を呼ぶつもりなのは徴陰も知っているだろう。だというのにこの落ち着きよう。思わず警戒を高める紅雲に、徴陰が大げさに肩を竦めた。
「俺は武闘派じゃないんだ。それにここで暴れて刑が加算されるのはご免でね」
「暴れれば逃げられるかもしれない」
「あんたからか? はは、無理だろう。これでも人を見る目は良い方なんだよ、優男さん。あんた、そんなお綺麗な顔しておきながら、俺が暴れたら容赦なく叩き伏せるだろう? それを出来るだけの腕前もある。違うか?」
「・・・・・・話かける相手を間違えたな、楽徴陰」
「本当にな」
やれやれとでも言いたげに徴陰が息をついた。そこに、まるで見計らったかのように警邏が踏み込んでくる。
「・・・聞いていたのか、水燕」
連行されていく徴陰の後ろ姿を見送っていた紅雲の隣に、人影が並ぶ。そこを見もせずに言葉を発した紅雲に、水燕は長く息を吐き出した。
「気づいたら剣呑な空気を出してるんですもの。コカの葉と聞こえて来た時点で他の子に警邏を呼んでくるように言ったのよ。でも、そうね。あのひと、連れていかれたのならこの甘ったるい香もいつものに戻しても大丈夫よね」
あまり好きじゃないのよね、この香り。
そう続いた言葉に、紅雲ははっとした。
「・・・この香は楽徴陰からか」
「ええ。うちは基本的にお客からいただいた香はその場で焚くようにしているのよ。・・・坊や? どうかしたの?」
水燕が怪訝そうに眉を寄せる。
辺りをぐるりと見渡した紅雲は、きょろきょろと何かを探すように視線を走らせながら、焦燥を眸に浮かべた。
「・・・水燕。あいつは」
「? あいつ?」
「朱花はどこにいった!?」
──少し前までくるくると動き回っていたはずの少女は、まるで手品のように、忽然とその場から姿を消していた。
***
(やけに甘ったるい香りがすると思って覗きに来ただけなのに、どういう状況なのかしら・・・これ)
妓館内に充満する花の香のような甘い匂いは、酔うほどにきつく、毒々しい印象を朱花に与えるには十分だった。聞くところによると、香は客からの差し入れらしく、一度焚いたら一日はこの香りのままなのだという。
給仕係として水差しを相棒に妓館内を動き回っていた朱花だったが、給仕係だとしつこいほど言っているのに個室に誘われ、果ては腕を取られこちらの意見などまったく無視で連れていかれそうになったのを辛くも逃げ出し逃げ回っていた。そんな折だった、嫌になるほど甘い香りがよりきつく匂っている一角に気づいたのは。
そこは今までお冷を配り歩いていた談話広間ではなく、個室の並ぶ間へ続く廊だった。足を踏み入れるのに躊躇したのは一瞬だ。さすがにこの歳になって妓館がどういった場所であるかを理解していないなどと宣うつもりはない。朱花が水燕の口車に乗せられてここの手伝いをすると決まった時、紅雲が最後まで猛反対していたのは妓館が妓館たる故を彼が一番理解していたからだろう。
個室の並ぶ廊を歩けば聞きたくもない声が聞こえてきたりするのかと不安だったが、まだ日が沈んでいないこともあってか、防音のしっかりした個室から漏れ聞こえる音は一切なかった。──ある一室を除いて。
(部屋の中、煙で充満しているし香りがきつすぎる・・・)
閉め忘れたのか僅かに開いた戸の隙間から、ちらと室内を覗き見る。
何を話しているのかまではわからないが低い話声が聞こえてくる。ぼそぼそと話す声は男のものだ。けれど朱花の視界に映るのは椅子に力なくもたれている妓女の姿。話声の持ち主は、どうやら朱花からは見えない死角の位置にいるらしい。
室内の妓女の様子がおかしいことは、朱花の目にも明らかだった。
肢体に力はまったく入っていないというのに、表情は恍惚としている。ぞっとするほど艶めかしい色が眸に浮かび、同性である朱花ですらぞくりと背筋が震えるほどの色気だ。
そして、ここが一番、香りが甘ったるい。
(どうするべきかしら。こんなきつい匂いの中にずっといたら酔って気分不良になるかもしれないし、あの妓女さんちょっと様子がおかしいし・・・。水燕さんを呼びに行く? それとも彼女の保護が先かしら)
まずい。強すぎる香りにあてられて、頭痛がしてきた。思考が上手くまとまらない。
誰かを呼びに行くべきか、それとも突入して妓女の保護を優先すべきか。普段ならばどちらが善作かなんて考えなくてもすぐわかることなのに、この時の朱花には判断が出来ないでいた。
(・・・一度、ここを離れるべきだよね)
しばらくその場で悩み、朱花はふらりと身を預けていた壁から離れた。
匂いに酔って、胃が気持ち悪い。気を抜けば胃の中身を吐き出してしまいそうだ。落ち着かせるためにもこの甘ったるい香りから少しでも離れるべきなのだが如何せん。この香りは妓館全体に広がっているものだ。纏っている衣装や自分の体からも甘ったるい香りがしてげんなりする。
(・・・・・・水燕さんに声かけたら、一度外に出よう。この香り、少しでも飛ばさない、と)
『おっとどこに行くんだ?』
「・・・・・・っ!」
くるりと踵を返した朱花の腕を、ふいに誰かが掴んだ。
耳をざらりと撫でる声は微かにしわがれていて、聴き慣れない言語を紡ぐ。部屋の中から聞こえていた話し声とはまったく別の声だ。
振り向く間もなくぐるりと回転した視界に、長身の影が映り込んだ。朱花よりも長い髪を項で無造作に括った褐色の肌をもつ男。
警鐘が頭の中で鳴り響く。危険だとわかっていても腕を捕まえられているために逃げ出せない。
『遊んでほしくて来たんだろ? 相手してやろうか』
大きく見開かれた朱花の漆黒の眸の中で、男がにやりと口角を引き上げた。
楽徴陰、容赦なく退場です。
次回『朱花ピンチ!?どうする紅雲!』をお送りします(多分)
...知ってるかい?さりげなく自サイト http://yusainouta.weebly.com で拍手御礼小説更新してるんだぜ




