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Anagram  作者: 宮原 ソラ
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最終話 手紙(カイル視点)


 王立学院図書館から強奪されたレアトの博士論文が、ついに発見された。

 滅びた公爵家の最後の主が死んでから、ちょうど二ヶ月目のことだった。

 アルムグレーンという一族は、アレクサンドライトのみならず、からくり仕掛けにも並々ならぬ情熱を傾けていたらしい。豪奢な屋敷の柱に巧妙に組み込まれた隠し戸棚があり、その奥に、黒い本は納められていた。


 ようやく揃った二つの暗号。

 一つの鍵と、一つの原文。


 手つかずの時はうんざりするほど長く見えた文字群は、訳してみると、便せん二枚程度の、実にあっさりとしたものだった。

 それには、祖父がフェルディナンドの元王太子であること、レアト自身も金目の持ち主であること、更には、母の実家マードックが王女の降嫁を経験した家であり、母方にも僅かながら王族の血が入っていること、などが、味気なく箇条書きにされていた。


 お前の血は、お前が思っている以上に濃いかもしれない。

 何も知らないお前の子に、金目、ましてやアレクサンドライトが生まれてしまったら、きっと大騒ぎになるだろう。

 だから、万一に備えて、この真実を伝えておくよ……と。


(なるほど。それで、結婚したら……などという妙な条件を付けたのか)


 私が、約束もしていないのに次々と女性に手をつけて身籠らせるような、だらしのない男だったらどうする気だったのだろう。

 それとも、自分の息子だから、そんな事は絶対にないと確信でもあったのだろうか。


(聞きたいことは山ほどあるのに、貴方はもういないのですね……)


 何かの説明書きのような素っ気ない文章の最後を締め括るのは、まるで不安を煽るかのごとく始まる、唐突な一文。



『私が、思いのほか早く逝っても伝わるように』



(逝ってもって……)

 せっかく息子に宛てた手紙なのに、もう少し他に書きようがなかったのか。

 近況とか、心情とか、幾らでも綴るべき事はあるだろう。

 アレクサンドライトに関わる通知以外の記述が、たった六行とはどういうことだ。

 手の込んだ暗号文は作るくせに、実は意外に横着者だったのか……。


(ああ……)


 レアトは、手紙を書くのが苦手な人物だったのかもしれない。

 そうだ。母も言っていた。頭は良いのに変な人だった、と。

 苦手のあまり、暗号にしたのか。……いや、いくら何でもそれはないだろう。

 では、母に手紙の中身を知られたくなかったのか。母だけではなく、私以外の誰の目に触れても、気にも留められないように……。


(父上)


 貴方もまた私と同じだった。王族であることに気負いはなく、興味もなく、知られずに済むならその方が良いとすら考える。

 望むのは、赦し合える家族と、信頼に値する友。生きていくのに困らない程度の財と、有り余る心の自由。


 ありふれた人生を愛する……平凡な、けれど偉大な人だった。



『カイル』



 この暗号文が書かれた時、私はまだ生まれていなかった。

 母の胎内に宿ったことを、父が知って間もなくの頃。

 急ごしらえで作った手紙の中には、しかし、はっきりと、私の名が記されている。

 私の名は、母がくれたものでも、養父が付けたものでもなかった。実の父が与えてくれたものだったのだ。

 まだ腹の膨らみも目立たない母に、どんな顔をして「この子の名はカイルだ!」と言ったのだろう。想像すると笑えてくる。


 想像しか……出来ない。


 貴方は、もう、いないから。











『私が、思いのほか早く逝っても伝わるように。

 ここに、書き残しておくよ。

 

 カイル。

 愛しているよ。

 生まれて来てくれてありがとう。




 お前たち(・・・・)の人生が、光と幸に彩られたものであるように――……』






 ― fin ―

完結しました。

応援して下さった皆様のおかげで、拙いながらも終わらせることが出来ました。

本当にありがとうございます。

少しでも、ドキドキしたり、ハラハラしたり、「そうきたか!」と驚いたり、楽しんで頂けたら嬉しいです。


また別の物語でお会いできることを祈りつつ……。

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