24 薔薇の園遊会(ヘザー視点)
「王宮主催の園遊会に出席します。ヘザーも共に来て下さい」
マードック伯から連絡が来たとき、園遊会までの日数は既に一週間を切っていた。
王宮主催と学院主催の園遊会は共に人気が高く、暗黙の了解で二つに参加するのはマナー違反とされている。カイルはその職位ゆえに後者の方に顔を出さないわけにはゆかず、しばらくは前者は見送ることになりそうだと話していたばかりだったので、意外だった。
(今更、空きがあるのかしら……王宮の方)
という私の危惧は、杞憂に終わった。
翌日、早々に、王太子殿下直筆のサインと宛名の入った招待状が届いたのである。
通常の招待状なら出欠を確認する項目があるはずだが、殿下のそれには見当たらない。
紹介状は、そのまま召喚状でもあった。
「それにしても急ね。何かあったのかしら」
少し腑に落ちない気もしたが、名指しで呼ばれたからには、とにかく行かなければならない。
服装についてはサヴァナにいつも通り一任した。
外の行事だし、王宮自慢の薔薇園の散策もしたいし、なるべく動きやすい服にしてね、と頼んでおいたにもかかわらず、前日になってサヴァナが提示してきたドレスは、
「え。ちょっと……本気?」
フェルディナンドの伝統的な礼装だった。
上半身は身ごろにぴったりと沿った作りで、腰から下のスカートはたっぷりと膨らみ量も多い。飾りは、袖口と襟元に繊細なレースがあしらわれているのみ。品は良いが目新しさのない仕様で、通常は行事の際に身に付けるべきものである。
園遊会は確かに行事と言えば行事なのだが、花を愛でる無礼講な催しでもあり、少々堅苦しいような……。
「お色が綺麗な赤ですもの。ネックレスや髪飾りを工夫すれば、十分豪華ですし、晴れの舞台に最も相応しい衣装ですわ」
「晴れの舞台?」
「ええ。晴れると良いですわね、園遊会」
気のせいだろうか。サヴァナの笑顔がとてつもなく胡散臭い。流されてはいけないと、私の中の警戒心がたちまち呼び起こされる。
別の服にして、と、私は素気なく言った。
「駄目です」
サヴァナは恐ろしく強気だった。信用できない微笑はそのままに、いっそ清々しいほどの潔さで、女主人である私の訴えを一蹴した。
「これ以外許しません」
「……」
許しませんって、私が侍女のサヴァナに許しを求めるのは、何か激しく間違っているような気がしてならないのだが。
「絶対にこの衣装で園遊会に参加して頂きます。このサヴァナ、これについては命をかけておりますので、そのおつもりで」
「……わ、わかったわよ」
命までかけられては、ここは一つ私の方が折れるしかない。
なにせ、この侍女は、やるとなったらとことんやる。口は悪いが忠義の深さは戦乱時の騎士並なのだ。こんな女性も昨今珍しいと、しみじみ思う。
「わかったわよ。好きなようにして」
「ほほほ。もちろんですわ。ヘザー様も庭園の中で一番美しい赤薔薇になったおつもりで、堂々とマードック伯の隣にお立ち下さいましね」
ああ、楽しみだわ、とサヴァナがうっとりと天井を振り仰ぐ。もともと凡人たる私には計り知れない思考回路を持つ彼女ではあるが、いつにも増して今日は変だ。
「ちょっと、何か企んでない?」
「私は企んでおりませんわ。企んでいるのは別の方です」
不安を諌めるどころか煽るようなことを平然と言い放ち、サヴァナは去った。
衣裳棚から出されて部屋の中央で燦然と存在感を放つ真紅のドレスを眺めやりながら、私は、ただ首を捻るしかなかった。
「何なのよ、もう……」
当日、まな板の上の鯉になった気分で、妙に気合いの入ったサヴァナに身を委ねていると、マードック辺境伯が迎えに来た、とクラリッサが知らせに飛んできた。
「え……。わざわざ?」
現地で落ち合うものとばかり思っていたので、驚いた。驚いたものの、結局誰の馬車で会場に向かっても同じなので、私は素直にカイルの後に付いて行った。
兄がどたばたと騒々しい足音を立てて追いかけてきた。マードック伯の両手を取り、「妹をよろしくお願いします!」と感極まった様子で叫ぶ。
たかが園遊会一つに出るだけなのに、何をそんなに興奮しているのか、全くもって謎であった。カイルはカイルで、にこやかに「お任せ下さい」などと言っている。
なんだ、この子ども扱いは。私が園遊会で迷子になるとでも思っているのか。
確かに、二千名も入る広大な庭園であるから、冗談ではなく迷う可能性は無きにしも非ずだが。
「何だかここ一週間くらいサヴァナも兄上も変なのよ。ソワソワしているというか……」
馬車の中で私が疑問を口にすると、
「それはまぁ、落ち着かなくもなるでしょう。彼らにとっては、貴女は大切な主人であり妹なのですから」
カイルは苦笑しつつそれに答える。
「大袈裟よ。たかが園遊会に出るだけなのに。このドレスだってちょっと堅苦しくない? もっと外歩きに向いているのがたくさんあるのに」
馬車内の半分を占領してしまいかねない、たっぷりとしたスカートの端を摘まみ上げる。
確かに歩くのが大変そうですね、とはカイルは言わず、ああそうか、と一人納得したように頷いた。
「何の説明もされていないようですね」
「説明? 何の?」
「いえ。彼らが話していないのなら、私の方から言うべき事はありませんね」
「何のこと?」
「少々遊び心がありすぎな気がしないでもないですが。……これは私が責任重大ですね」
「?」
きょとんとしている私を、カイルは楽しげに眺めやるばかりで、結局、具体的な事は何も教えてくれない。
ただ、状況によっては貴女が卒倒しかねないくらいの事をやるつもりなのであしからず、と、ますます意味不明なことを呟いた。
何をする気だ。一見すると人畜無害の爽やかな好青年然としているだけに、余計に怖い。
「ねぇ、何か企んでいない?」
「いえ。企んでいるのは私ではないと思いますよ」
サヴァナと同じような反応を示しつつ、マードック伯は窓の外に目を向けた。
馬車は、確実に、王城へと近付いて行く……。




