第51話
「私、思ったのだけどね。何か理由があると思ったの。どうしてもあなたが気になってしかたがなくなるような」
「そうでしょうか」
紅月は深く突っ込まれたくなくて適当に流そうとした。
「それが何度考えても分からないの」
「男女の仲というのは不思議なことはあるものですよ。私も……わからないことばかりです」
「そう……ちょっと聞いてみただけよ。ほら、お菓子も食べて」
「あ……はい」
ようやく話が逸れそうで、紅月はほっとしながら皿の揚げ菓子を口にした。
「おいしい?」
「はい……おいしいですけど」
じっと見つめられ、紅月は首を傾げた。不躾な態度も子供だと思って流していたけれど、それにしても何かおかしい。
――その途端、紅月は強烈な腹痛を感じた。
「く……う……」
腹に何度も刃を突き立てるような痛みが紅月を襲い、床に崩れ落ちる。額には脂汗が浮かび、息を荒げながら紅月はもんどり打った。
「痛い?」
そんな紅月を、明珠が見下ろしている。その顔には微笑みを浮かべていた。
「な……なにを」
「食べて貰ったの。蠱毒を」
ふふ、とまるでいたずらが成功したかのように明珠は言った。
「なぜ……」
明珠の行動の意味が分からない。紅月は床に這いつくばりながら、明珠を睨み付けた。
「おお、怖い。やっぱり気が強いのね。まあ、他の妃を出し抜くくらいだからね、そうよね」
明珠は紅月を嘲りながら、腹を蹴りつけた。
「ううっ……」
蠱毒を何故、明珠が使うのだろうか。紅月は刺すような痛みの中、ある考えに行き着いて、ハッと明珠を見た。
「まさか……」
この明珠が天穹殿に猫鬼を差し向けた犯人なのではないか。紅月が声にならない声でそれを問おうとすると、明珠はゆっくりと頷いた。
「そうよ。私よ」
明珠はゆったりと椅子に腰かけ、脚を組んで紅月を見下ろしていた。
「前にあなたのところの宦官のことを馬鹿にしてしまって悪かったと思っているわ。大願を果たすなら、それくらいしないと駄目よね」
明珠の声を聞きながら、紅月はこの場から離れようと何とか半身を起こした。
この部屋から離れなくてはならない。なぜなら――
黒い旋風が紅月の目の前に現れた。ああ、これを恐れていたのだ。
「玄牙! 来ちゃ駄目!」
紅月の体が痛めつけられれば、玄牙はきっと現れる。だが、この場には玄牙を呪縛する蠱師――明珠がいるのだ。
「やはり……私の猫鬼を盗んだのはあなただったのね」
紅月の願いは空しく、玄牙が人の姿でその場に現れる。明珠の声は興奮していた。
『ぐるるる……』
玄牙にも呪縛の主がそこにいることが伝わったのだろう。低いうなり声をあげ、玄牙は体制を低くし、尖った爪を明珠に向けた。
『貴様が……俺を造ったくそったれか……』
「おかえり。ずっと待っていたのよ。その女が隠しているって見立てはあっていたようね」
玄牙はそれには答えず、明珠に向かって襲いかかった。
だが、玄牙の爪が彼女に届く前に、玄牙は動きを止める。
『が……があっ……!』
まるで無数の鎖が玄牙を縛っているようだった。
「待て、よ。まだ役者が足りないの。もう少し待ってね」
その時、部屋の外がにわかに騒がしくなった。明珠はそれに気づくと、小さく手を叩いた。
「よかった。来てくれた。私、お手紙を書いたの。夏貴妃、あなたを殺します……って」
部屋の扉が乱暴に開かれる。息を切らせてそこにいたのは……凌雲だった。
「紅月! 無事か⁉」
「皇帝陛下。いらっしゃいませ。ようこそわが宮殿へ」
その姿を認めて、明珠は極上の笑みを浮かべて迎えたのだった。




