第38話
祈祷の為に、妃たちが主殿へと集まる様は壮観であった。この日、全ての妃がここに集まっている。皆、地味な色味の衣裳を身につけていたが、このように人が集まったのは皇后の誕生日以来のことであった。
あの日、遠くで眺めた凌雲の席は、今はすぐ側にある。中央に皇帝の席、その横に皇后の席、その反対側に皇太后の席があった。
「皇帝陛下のおなりです」
その言葉に、妃たちは一斉にひれ伏す。席についた凌雲は、一同を見渡した。
「……この後宮での忌まわしき事件に、皆不安であったであろう。此度は鬼祓の祈祷をして、皆の身の安全を祈り、呪いをここより一掃しようと思う」
皇帝の言葉に皆、平伏した。紅月が顔を上げると、凌雲がこちらを見ている。紅月は気恥ずかしくなって、また顔を伏せた。
今回、祈祷をするのは、天穹殿の結界を張り直した高名な僧ということである。玄牙が居たらひとたまりもないだろう。
香が焚かれ、祭壇に炎が舞う。経の声を聞きながら、紅月は他の妃と同じように手を合わせていた。
(あれ……なんかお腹が痛い)
僧の読経が進むうち、紅月は腹のあたりがちくちく痛むのを感じていた。最初は調子が悪いのかと思っていた紅月であったが、抉るような痛みを発するようになってから思い当たった。
(玄牙の体のせいだわ……)
紅月の体内には玄牙の体の一部が残されている。玄牙がいうには混ざり合って、簡単に引き剥がすようなことはできないのだという。
「う……」
痛みは吐き気も伴ってきて、紅月の額には脂汗が浮かんだ。しかし、このようなところで倒れては騒ぎになる。やはりあの宮殿の者は蠱毒に憑かれているのだと囁かれるだろう。
まるで永遠のように感じられた祈祷が終わる頃には、紅月の顔は真っ青になっていたが、なんとか耐え抜いた。
「それでは、食事会の席へ移動してください」
他の妃たちが席を移動していく中、紅月はなんとか息を整え、ひっそりと体を休めていた。そろそろ動かなければ変な顔をされる、と立ち上がった時である。
「あなたが夏貴妃?」
そう声をかけてくる者があった。その声に紅月が顔を上げると、それは皇后であった。
「あなたは返事ができないの?」
「あ……私が夏紅月でございます」
近くで見る皇后は思った以上に幼い印象だった。歳こそ十四のはずだが唇の紅の色が不自然に思えるほど、表情もあどけなく、凌雲がほんの子供だ、と言った訳が分かった。
「叔母様から聞いたわ。この会のこと、言い出したのはあなただってね」
彼女の表情からは強い敵意は感じられなかった。と、いうより感情が読み取れない。まるで人形が話しているかのようだ。
「はい、そうです。皇后様にも出席いただけてうれしいです」
「叔母様の言いつけだから出たけど。私は放っておいて欲しいの。今後は余計なことはしないで」
「はあ……」
「跡継ぎはあなたがなんとかして。私をそっとしておいて」
紅月がなんと返答していいか答えあぐねている間に、皇后はすたすたと立ち去っていってしまった。
(前途多難……って感じ)
皇后自身が望んでいないからと言って無碍にはできないのだ。その立場というものを、彼女は理解していないようだった。
(放っておいて欲しいって……)
紅月はため息を吐きつつ、食事会へと向かった。




