第37話
皇太后から呼び出しがあったのは、それから数日後だった。
「気が利くのね。わざわざ贈り物を準備してくれていたなんて」
知らせが来ると、白瑛は手土産をすぐに用意してくれた。それは恵照の織物で、その場で手に入るものではない。
「皇帝陛下の覚えめでたい紅月様ですから、こんなこともあろうかと用意しておりました」
本当に気が利く宦官だ。ああなった以上、比べては申し訳ないが、燕禹とは大違いであった。
「本当に白瑛様はできた方でございます」
人に厳しい雪香も、白瑛の働きぶりには目を細めている。
目端が利き、働きぶりは真面目。人柄は奥ゆかしい。そしてこの美貌である。きっと白瑛は出世をするだろう。
「白瑛。皇太后様の元に向かうわ。着いてきてちょうだい」
紅月は白瑛と連れだって、皇太后の元へと向かった。
「紅月、よく来てくれたわね」
皇太后は優雅に座りながら紅月を迎え入れた。紅月は恭しく一礼し、持参した贈り物を差し出した。
「皇太后様、恵照の織物でございます。お気に召していただけると幸いです」
皇太后は微笑みながら、贈り物を受け取った。
「まあ、美しいの。ありがとう、紅月」
皇太后は上機嫌であった。
「紅月、皇帝陛下より話があったぞ。あれはそなたの差し金であろう」
「差し金……というつもりはなかったのですが」
「よいよい。あの子が初めてわたくしを頼ってくれた。うれしく思っておる」
皇太后は立ち上がり、紅月の側に来ると、彼女の手を取って頭を下げた。
「皇太后様! そんな……もったいないことでございます」
紅月は恐縮し、皇太后の身を起こそうとした。
「ありがとう」
見れば、皇太后の目には涙が浮かんでいた。
「陛下には親としては何もしてやれなかったと思っておった。そなたのお陰だ」
「皇太后様……」
「あとのことはわたくしに任せよ。全て万事滞りなく進めるのでな。皇后のことも」
皇太后はふうとため息を吐き、椅子に座り直した。
「情けないことだの。そなたに気を遣われるなど」
「いえ。やはり皇后様こそ嫡妻でございますから」
そう言いながら紅月の胸のうちはちくりと痛んだ。
「できた妃だ。皇后にももっと自覚を持つように言っておく」
「……はい」
(私はどのようになりたいんだろう。できた妃……と呼ばれたかったのだろうか)
紅月は自分が分からなくなった。そもそも、後宮に入るのも成り行きだったし、大層な野望があったわけでもない。今、凌雲の側に居られるのも、偶然が偶然を呼んだだけだ。
「陛下は優しくしてくださるのか?」
考え事をしていた紅月は、ふいの質問に思わず顔を赤らめた。
「は……はい」
「ふふ、その様子では近いうちに孫の顔が見られそうだの」
「そ、そんな……」
「とにかく困りごとがあれば、わたくしの元へ参れよ」
皇太后よりそんな言葉を貰い、二人の面会は時間となった。
「では、失礼いたします」
席を立った紅月に、皇太后が声をかけた。
「そこの宦官はそなたの世話役か?」
「はい」
燕禹のことがあったので、そう声をかけたかと思ったのだが、そうではなかった。
「どこかで会ったかの」
紅月は白瑛の顔を見た。白瑛は先帝のことからこの後宮に務めている。どこかで会っていたとしても不思議ではないが……。
「いえ。私は後宮書庫におりました。皇帝陛下の命で夏貴妃様のお世話役となったのは最近のことでございます」
「ふむ。見栄えがいいの。紅月、そなたもこれから場の中心となることが多かろう。こういう者を大事にせよ」
「はい。白瑛は実務も優秀で、私も大変助かっております」
紅月はそう答え、皇太后の宮殿を後にした。
「皇太后様、喜んでらしてよかったわ」
帰り道で紅月がそう言うと、白瑛も頷く。
「こんなことを言っては失礼かもしれませんが、ああいった方も親の顔をするのですね」
「本当ね」
こうして、祈祷会の準備は粛々と進んでいったのであった。




