第36話
祈祷会を行うにあたり、紅月は一つ注文をつけた。
「食事会の取り仕切りは皇太后様にお願いなさってください」
「そなたの提案ではないか」
「燕禹のこともありますし、私にいい感情を持つ人は少ないです。それよりも皇太后様のお声替えであれば皆出席するかと。……皇后様も」
本来ならばこのようなことは皇后が皇帝と共に取り仕切るべきと思う。紅月はこの騒ぎの中でもまったくどうしているかわからない皇后のことが気にかかっていた。紅月が会を取り仕切れば、まず確実に出席はしないだろう。だが、実の叔母である皇太后が前に出れば、彼女も出席せざるを得ない。
「うむ……」
凌雲の顔にははっきりと気が進まない、と書いてあった。
「後宮の平和の為に力を貸していただきたい、と申せばいいのです」
紅月はでなければ自分は出席しない。とまで言って凌雲にその条件を飲ませた。
(ちょっと強引だったかしら)
帰り道、紅月はそう反省しつつもこれでよかったのだ、と思った。後宮に対して凌雲の気持ちが少しでも溶けたのなら、次にやることは皇后と皇太后との関係を改善することだ。
そうすれば凌雲は己がひとりぼっちだなどと思わなくなるだろう。
(それは寂しいけど……でもあるべき姿なのだから)
紅月はこういう時にこそ、亡き母に聞いてみたかった。道士としての立場を捨てても、妾の立場であっても父と一緒になろうと思った時の気持ちを。
母は幸せだった、と最後に紅月と父に言い残した。
(だから……大丈夫よ)
例え、凌雲が自分ひとりのものでなくても。紅月の思いは変わらない。彼の幸福のためにできることをするのだ。
「おかえりなさいませ、紅月様。ご実家から文が届いております」
宮殿に帰ると、白瑛が紅月に文を差し出した。
「お父様からだわ……!」
自分から手紙を書くと言っておきながら、後宮に入って少しして一度文を出したきりだったことを思い出した。なにしろ色々あったのだ。とてもそこまで気が回らなかった。
「まあなんて無沙汰をしてしまって」
「嬉しそうですね、紅月様」
「ええ……お父様のことは大好きよ。返事をしなければね」
紅月が文に目を通すと、紅月の出世への祝いと中央の官職を得たことへの感謝が綴ってあった。父は新しい職場でうまくやっているようで、紅月はほっと胸をなで下ろした。
「白瑛、少し近くで待っていて。すぐに返事を書くから」
紅月は白瑛を待たせ。なかなか連絡できなかったことの詫びと、少し考えて、蠱毒の事件には触れず、凌雲がいかに優しく素晴らしいかを書いた。
「お待たせ。いざ何かを書こうとすると無難になってしまうわね」
紅月は白瑛に文を渡した。
「そうですか。私には縁者はおりませんので……」
「そうなの。妻帯とかは考えないの?」
宦官の中には公にはしないが妻帯し、養子を迎える者もいる。
「私はそういうのは……」
白瑛は困ったような顔をして首を振った。
「誰かが側にいるのもいいかもよ」
「それは紅月様のように深くご寵愛されましたら、そのようにお思いになるのでしょうが、自分などとても」
果たして自分は寵愛されているのだろうか。だがあの口づけは……紅月は昨夜のことを思い出して顔を赤らめた。




