【51】 絶体絶命 3
冒頭の一行の内容は【50】話の最後と重複します。
冷酷に唇を歪めたルドア殿下は、狙いを定めて水平に保たれた銃口を再びテオ殿下へと向けた。憎悪のはけ口のようなそれは、揺らぐことなく真っ直ぐにテオ殿下を捕えている。
視線を絡めて外すことなく睨み合い、対峙しているテオ殿下とルドア殿下。
ノア様たちはふたりの殿下の動向に全神経を注いでいた。
なにかあった場合にはすぐに飛び出せるように腰を落として、体勢を低く緊張させているのがわかった。
フラン伯爵はといえば、ヒィヒィと叫んで転がり回っていたけど、今は撃たれた腕を押さえて踞り、おとなしく呻いている。
フラン伯爵を撃ったときのルドア殿下には躊躇もなにもなかった。
その銃口は今、テオ殿下を睨めつけている。そこに迷いは感じられない。
ルドア殿下があの引き金を引いてしまったら……。
そんなこと……絶対にダメ!
冷たい地面に倒れたままで、後ろ手に紐で縛られている手首の拘束が外れないかと闇雲に腕を動かしてみるものの、どうにも外れない。腕を動かすたびに頬に砂利や土が擦れるけど、かまっていられない。
フラン伯爵が結んだ紐なんだから。すぐにでもほどけそうな気がするのに!
焦れば焦るほど、頭の中が混乱してくる。へんな冷や汗が身体中から吹き出して、背中や額を濡らす。
ルドア殿下の注意を少しでも逸らしたい……!
そう考えたときに、背後でなにかが動いたような気配がした。振り返ろうとするも、極限まで張りつめたような空気を破りテオ殿下が口を開いた。
「撃ちたければ撃てばいい。ですが、貴方は本当はもう解っているはずです。そんなことをしても……救われることはない」
……! テオ殿下! なんでわざわざ挑発するようなことを言うのっ!?
必死で首を左右に振り、テオ殿下に合図を送る。
ダメです! 挑発なんかしないで!
「セオドア……いつでも自分が正しいような顔をするな」
ルドア殿下の醒めた声に背筋が凍る。心臓がばくばくと早鐘のようにうるさい。
「私たちはもっと……話し合うべきでした」
「いいや。貴様には私のことは理解できない。私のことを理解しようとするふりもやめろ。虫酸が走る。これで……もう終いだ」
っ!
引き金が引かれちゃうっ――!
その瞬間。
背後から確実になにかが動いた。
それと同時にテオ殿下は瞬時に身を伏せる。ノア様も飛び出してテオ殿下に覆い被さった。ほかの騎士様たちも一斉に前方に……ルドア殿下とフラン伯爵に飛びかかる。
まるで、時がゆるやかに流れるようだった。
すべてが一瞬、一瞬、一枚の写真を順番に捲りながら動いているように感じた。
視界の端には跳ねるピンクブロンドの髪と、ドレスの裾が映ったような気がする。
そして――
バゥゥン――!
騎士さまたちに後方に推し倒されて、上がりゆく腕の銃口から、空に向かって引き金が引かれた。空気を叩き潰す、重い乾いた音が辺りを震わせる。
思わず反射的に目を閉じてしまった。
余韻を引いて消えた音の、その後にやってきたしんとした静寂に、すぐにはっと我に返り瞼を開く。
ノア様と一緒に地面に伏すテオ殿下。
ルドア殿下とフラン伯爵は騎士様たちに地面の上で組み伏せられ、取り押さえられている。
その後ろにはなぜだかマリエルが両腕を突き出して、前のめりでうつ伏せに倒れていた。その左右の手には手首を縛られていたと思われる紐の端を握り、それをピンと張らせたまましっかりと持っている。肩が上下に大きく動いて息をついていた。
ルドア殿下の銃はマリエルの横の地面に転がっていた。
いったい……なにが……?
「ルナっ! 大丈夫ですかっ!?」
テオ殿下はがばっと身を起こし、ノア様をはね除けると、大きな身体からは考えられないような俊敏さで駆けつけ、わたしを抱き起こした。
軍服の懐から小型のナイフを取り出す。すぐに手首の紐を切ってくれた。
「ルナ、どこか怪我は!?」
「テオ殿下こそっ……撃たれてないっ!?」
自由になった両手は、思わずテオ殿下の大きな背中を撫で回して確認する。
大丈夫。軍服はどこも破れていないし、血も出ていない。
忙しなく動くわたしの両手を取ると、大きな両手で包み込んで、ぎゅっと握ったテオ殿下はゆっくりと言葉を発した。
「私は、大丈夫です」
テオ殿下の表情はまだ強ばっているものの、見つめられた灰色の瞳はいつもの陽だまりのあたたかさをもどしていた。その瞳を見ているうちに、だんだんと気持ちが落ち着いてくる。
「そんなことより、ルナのほうが心配です。どこか痛みますか?」
「あ、肩と手首が少しだけ……でも、たいしたことはありま……」
「見せてください」
言葉も最後まで聴かずに両腕の袖をまくられると、手首を検分する。そのあとに打ちつけた側の腕を肩から上下に動かされた。
「どうですか?」
「ちょっとだけ……痛いかも」
「……手首は紐の跡があざになるでしょうが、あとは擦り傷のようですね。腕も骨と関節には異常はないようですが、あとで医師に観てもらいましょう」
迅速に状態を把握すると、ふっと表情が和らいだ。
心の底からほっとしたように微笑んだテオ殿下。
砂利と土で汚れた頬を、あたたかい大きな手で拭ってくれた。
その笑顔になんだか胸の奥がぽっと温かくなって安心しかけるも……はっと気がつく。
そうだ! マリエルはっ!?
「マリエル!?」
テオ殿下の胸を支えにして身体を向ける。
ノア様が顔から倒れていたマリエルを抱き起こしていた。
「……大丈夫」
ノア様に支えられて胸元に寄りかかったマリエルは、力が抜けたようなふにゃっとした微笑みで、紐を握ったままの両手を小さく振った。




