【50】 絶体絶命 2
「穢らわしい。私のことを兄などと呼ぶな」
絞り出すような声。腕に力が入りぎりっと首が強く締まる。
……っ! ちょっと苦しい。
「ルナっ!」
ざっと足を引き、ノア様たちが一斉に剣を構えた。
「動くなと言っただろう! 頭の悪いボンクラどもめ! ……剣を捨てろ!」
テオ殿下はノア様たちに肯くと、彼らは剣を前方に放った。手から放たれた剣と剣が重なり合い、金属が擦れる音が鳴る。
フラン伯爵は恐る恐るといった様子で、ルドア殿下の背後から顔を出した。それから、ノア様や近衛騎士様たちに険しい表情で睨まれながらも、用心しながら剣をまとめて引きずってくる。
「兄……ルドア王子、ルナたちを離してください。人質が必要なら私が代わります」
「はっ! 相変わらずのマヌケだな。そんな筋肉バカの大男を人質にするわけがないだろう」
「……」
「貴様らにできることはそこを動かないことだ。いいか、私たちを追ってくるなよ」
首に腕を回したまま一歩、また一歩と後退してゆくルドア殿下。引きずられて後ろへと、よろめきながら後ずさるしかない。
「……テオ殿下」
「必ず……必ず助けます!」
わたしを心配する灰色の瞳は、苦渋のなかで揺れている。
テオ殿下たちはわたしとマリエルがいるから手を出せない。
このまま……ルドア殿下のいいようにされて、テオ殿下の足を引っ張るお荷物になるなんて……絶対にイヤだ。なにか、なにか。今、この状況でわたしにできることを考えるの。考えてルナ!
必死で考えを巡らせていると後ろから。
シュッ。シュッ。
シュッ。シュッ。
空を切るような音がした。微かにだけど続けて聞こえてくる。
シュッ。シュッ。
……シュッ?
気になってしまい振り向きたいけど、腕で首を固定されているので動かすことができない。それならばと視線を横にずらしてみる。それでもさすがに後方までは見えなかった。
これは……なんの音?
「ルドア王子。貴方はどこまで愚かなのですか」
さっきまでとはまったく違う毅然とした声が林に響き、はっとして視線をもどす。
糸をぴんと張ったようなテオ殿下の凛とした声。その口調には覚悟を決めた強い意志を感じる。
優しさを残していた灰色の瞳は、今は強靭な光を湛えていた。揺らぐことなく真っ直ぐにルドア殿下を見据える。
ルドア殿下の足が止まった。
「どこに逃げようというのです? イルギスですか? イルギスがすでに用無しとなった貴方を受け入れるとでも、本気で思っているのですか?」
「なんだと……?」
「叛乱罪に問われた貴方を受けいれるということは、貴方を支持すると公表したも同然です。すなわちイルギスがサリファ王国に宣戦布告をするのと同義。わざわざそんな危険を犯すとは……とても思えませんが」
「……」
「いわせてもらえばマヌケなのは貴方だ。そうですね……もし私がイルギス側の人間であったのなら、裁判で余計なことを証言される前に始末しようとするでしょうね。イルギスがかかわったことを知る証人である貴方を生かしておいてもなんの得もない。むしろ対サリファ王国との外交にとっては弱みとなる。懸念材料でしかない」
「黙れ……」
「おそらくこの手引きもイルギスが絡んでいるのでしょう。しかし目的は貴方をイルギスへ逃がすことじゃない。確実に抹殺するために王宮の外へと連れ出すことだ。嘘だと思うのなら……そこのギリオン・フランに訊いてみるといい」
突然に指をさされたフラン伯爵は「ひいぃぃ」とカエルがひっくり返ったような変な声を上げた。
「フラン伯爵……」
「し、知らない! 私はなにも知らなかった! 言われた通りに殿下をお連れしようとしただけです! そうしないとロージーが、ロージーが……! ど、どうかお許しを!」
哀願するようにも滑稽な演技にもとれるように叫びながら、地面にひれ伏した。
「ギリオン・フラン……貴様……」
ルドア殿下がギシっと歯を食い縛る音が聞こえた。
「王宮を出たなら、おそらくはギリオン・フランとともに抹殺されるでしょう。……ティリアンの監獄に幽閉となったのは、父上……国王陛下の温情だということが……それがまだわからないのですかっ! 兄上!」
いつもはあたたかい陽だまりのようなテオ殿下の、焼けるような強い瞳がルドア殿下を射抜く。
「……うるさい。うるさい。うるさい。黙れ。黙れ! 黙れ! 身分の低い女の腹から産まれた貴様なんぞに私のなにがわかるというのだっ!? 父上の寵愛を受けた貴様ら親子に……わかってたまるか! 兄などと呼ばれる筋合いもないわっ! 幽閉が温情だと!? サリファールの加護を受けているのはこの私なのにっ! ふざけるなっ! なにもわかっていないのは貴様らだ!」
ルドア殿下の腕が首からするりと外れると同時に、思いきりドンっと突き飛ばされた。
「ちょっ!?」
突然だったことと手首を後ろで縛られているために、うまくバランスをとれなかった。そのまま横からざっと勢いよく地面に倒れこんでしまう。
かろうじて顔から地面に落ちるのは避けられたけど、強く肩を打った……痛い。
「ルナっ!」
テオ殿下が走りよろうと足を踏み出したときに……。
ルドア殿下の腕が上がり、静かに銃口がテオ殿下に向けられた。
「動くなよ」
テオ殿下はとっさに足を止める。
「テオ殿下! わたしなら大丈夫です!」
顔を上げて叫ぶ。
「貴様も黙れ!」
ルドア殿下に思いきり足を蹴られた。
「痛っ!」
なんなのよっ! 痛いじゃないのよっ! マリエルのことも蹴ったし。か弱い乙女に暴力を振るうなんて、この人本当にサイテー!
「私としたことが迂闊だった……。最初からこうしていれば良かったのだな」
銃口を水平に保ったまま、凍てつくような冷気を放つ灰色の瞳。
「現実さえ認められない臆病者の貴方に……撃てるのですか?」
「見くびられたものだな」
腕がすっと斜めに下がる。その瞬間にバンっと、空気が叩き潰されるような重い大きな音が響き渡った。
「ぎゃああああああぁぁ!!」
うずくまって震えていたフラン伯爵は絶叫しながら腕を抑えて転がり回る。
……撃ったの?
「ちっ。かすっただけか。大袈裟な」
冷酷に唇を歪めたルドア殿下は、再び銃口をテオ殿下に向けた。




