【05】 テオ殿下
テオ殿下は子爵邸を訪ねるだけではなく、わたしを第三王子宮へも招いた。
そこで、テオ殿下の愛馬を紹介してもらったときのこと。
王子宮内の馬場に曳かれてきた馬はかなり大きく、馬体はほかの馬の倍ほどもあった。
毛並みは艶々とした黒一色。まつげは長く、黒い瞳はくりっと丸くて愛らしい。
この瞳のくりっとした感じは、テオ殿下によく似ていた。
「まあ、可愛らしい。名前はなんというのですか?」
「怖くはないのですか? 身体が大きいので、最初は皆、驚いてしまうのですが」
テオ殿下は灰色の瞳をさらにくりっとさせて、不思議そうな表情をした。
「テオ殿下が乗る馬だから、大きいだろうなと想像していましたので」
普通の馬だったら……テオ殿下が担いで走った方が速い。絶対に。
「……可愛いと言われたのは初めてです。よかったな。ブラックキング」
テオ殿下は自分が褒められたかのように、嬉しそうに頬を染める。ブラックキングの背を愛おしそうに撫でていた。
それからテオ殿下はブラックキングに跨り、わたしを鞍に引き上げると、ゆっくりと馬場を一周した。
ブラックキングは身体が大きいだけあって、背に乗ると地面まではかなりの高さがある。
その高さが怖くて、恐る恐るテオ殿下にもたれかかっていると「私がしっかりとお守りします。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。それにブラックキングはルナのことを気に入ったみたいです。絶対に振り落としたりはしません」と、テオ殿下が笑った。
確かに……。
もし、わたしが勝手にバランスを崩しても、テオ殿下はその太い腕で軽々と掴み上げて、落馬を防いでくれることだろう。そう思ったら安心して背中を預けることができた。
それからはたまに、ブラックキングの背中に乗せてもらっている。
▲▽▲▽▲
木漏れ日が柔らかく降り注ぐ、爽やかな夏の日。
テオ殿下と一緒にブラックキングの背に乗り、第三王子宮の東側の林を散策していた。
テオ殿下はゆっくりとブラックキングの歩を進める。
「王宮からの秘密の通路が、この第三王子宮の林にまで繋がっているという昔話があるのです。それを聞いたときには、樹の洞から古井戸の中、大きな石をどけてまで、一日中探していました。それこそ――」
テオ殿下は幼いころに、この林を隅々まで探索したことを話してくれた。
「それで、秘密の通路は見つかったのですか?」
「昔の古い言い伝えですから。残念ながら、そのときは見つけることができませんでした」
「まあ、そうでしたか」
「それに、すぐに見つかってしまうようでは、秘密の通路にはならないですからね」
「ふふふ。それもそうですね」
テオ殿下についてわかったことは、話術が得意だということだ。
退屈させないようにといろいろな話をしてくれる。
わたしは愉しくその話を聞いていた。
濃い木々の葉をざわめかせて、木陰に涼しい風が渡る。
ブラックキングと並走するノア様の黒髪を、悪戯に揺らして吹き抜けていく。
いけないとは思いつつも、ノア様を目で追ってしまう。
ああ、やっぱり……素敵だなあ。
ノア様はわたしの視線に気がつくと、青い瞳を細めて唇の端を少し上げた。
どきんと心臓が跳ねた。
頬がかっと熱くなる。
思わず下を向くと、テオ殿下に「どうしたのですか? 暑いのですか?」と、心配そうに横から顔を覗き込まれた。
「なんでもないのです。大丈夫です」
慌てて答える。
「そうですか……。なにかあればすぐに言ってください」
わたしを気遣うように優しく微笑む。笑うとくりっとした灰色の瞳は、糸のように細くなる。
これもテオ殿下についてわかったことの一つだった。
婚約式からこの二ヶ月ほどで、ほかにもいくつかわかったことがある。
テオ殿下は、マッチョでごつい体格からは想像もできないほどに物腰がとても柔らかい。
さすが第三でも王子様なだけあって所作も優雅だ。
婚約宣言をされた夜会の、リンク侯爵家の貴賓室でくねくねしていると思った動作は、柔らかい物腰と優雅な所作の副産物だった。
さらには、優しく穏やかな性格で人柄も好く、近衛護衛騎士団からの信頼も篤い(特に一部の、マッチョをわざと集めたとしか考えられない部隊からの人気が異常に高い)。人に対する気遣いもある。自分には厳しく、筋肉の鍛錬を怠らない。
つまり、とてつもなく好い人なのだ。
わたしにはもったいないくらいに。
たぶん、結婚したらよい夫になってくれるのだろう。わたしを大事にしてくれて、子どもが生まれたならよい父親にもなるだろう。
……。
でも、ノア様に抱くようなドキドキする胸のトキメキは……感じない。
こんなことを考えているわたしを大事にしてくれて、テオ殿下には申し訳なくも思うけど……。
わたしはまだまだ夢見る乙女。
トキメキがほしいの。である。
それにしても、こんなに気遣いのある人ならば……わたしが断れないのを承知で公の夜会の場で、なぜ婚約宣言などをしたのだろう?
そこまで好かれている? とはさすがに……自惚れ過ぎ……だと思う。けど……。
ううむ。謎、である。




