【47】 事変 1
第二王子派として叛乱に加担した者たちの裁判が終了した。
いよいよ今日からは、首謀者であるルドア殿下とルイード侯爵の裁判が始まる。
フラン伯爵親子の行方は……未だに知れていなかった。
お父様たちは早々に法廷へと向かった。
マリエルとわたしは第三王子宮でお留守番。
さっきからマリエルは机にかじりついて、なにかの書き物をしていた。ときどき呻き声を漏らして、紙をくしゃくしゃに丸めている。
後ろのテーブルでハンカチに刺繍を刺しているけど、なんとなく集中できない。苦手な刺繍がさらに進まない。
ルドア殿下の裁判が気になってしまうのは……テオ殿下のことがあるから。
……きちんと食事は摂れているのだろうか。
いろいろと思い詰めてはいないだろうか。
ふうっと息をつくと、マリエルが振り向いた。
「ルナ、さっきからため息つきすぎだよ。幸せが逃げちゃうんだから」
「……そんなについてた?」
全然、気がつかなかった。
「うん。十回はついてたよ」
そんなに?
「まあ、裁判の結果はだいたい解っているとはいえ……気にはなるよね。あとでお兄様に訊いてみようよ」
「……そうだね」
お兄様なら訊かなくても話してくれるだろうけど、とマリエル。
「ところで……さっきから呻いてるけど、マリエルはなにを書いてるの?」
「え? 呻いてた?」
「うん。十回は」
お互いに顔を見合わせて笑ってしまう。
「ええとね、費用と原価の計算をしてるんだけど、商品の輸送費とか管理費とか人件費とかの……最小限の投資で最高の利益をだしたいなって。そうすると生産の方から見直した方がいいのかも、とか。契約農家からの収穫量とかを計算してみたり……だけど、ちょっと行き詰まってて。とはいっても、王室の献上品になってからの売り上げは、まだ予測なんだけどね」
うん。さすがマリエル。呻きながらも表情は楽しそう。緑色の瞳はきらきらと輝いてる。本当に仕事(お金儲け)が趣味だよね。
「わたしもなんとなく集中できなくて、息抜きに散歩でもしない?」
「それ賛成! 最近ちょっとほっぺたが丸くなった気がするの」
頬をつまんだマリエル。リスが食べ物を口いっぱいに頬張ったときみたい……と思ったのは内緒にしておこう。
とにかく身体を動かしたい、とのマリエルの要望どおりに、庭園ではなく第三王子宮の東の林を散歩することにした。
林の散策道を一周すれば、庭園よりも距離を歩くことができる。
林に散歩に行きますと、エントランスの騎士様に伝えた。
第三王子宮を護る騎士様たちの人数は一時期よりも少なくなり、平常時にもどっている。
逃亡していた第二王子派が捕まり、襲撃される危険性が少なくなったからだ。今は法廷の護衛や罪人の護送に人数が充てられている。
「う~ん。気持ちがいい!」
林の中でマリエルと一緒に、思いっきり両腕を上に伸ばした。
今日は風もない。お昼前の陽光は淡くもやわらかく、葉の落ちた樹々の間から降りている。適度に冷たい空気が気持ちもピリッとさせてくれるようだった。
平らに石を敷いてある道を歩く。夏にブラックキングの背中に乗せてもらって散策した道。
ブラックキングの背中の上からでは、高い視点からは気がつかなかった飾りなどが目に入ってくる。
道脇の足元には等間隔に石造りのランプ台があり、陶器でつくられたウサギ、リス、小鳥などの置物が木の根元や下にさりげなく配置されていた。
「マリエル見て! お友達がいるわよ」
その中のリスを指さすと、ぷくっとマリエルは頬を膨らませた。
散策道の半分過ぎまで歩いたときに、突然にズズズズンという、重く鈍い轟音が聞こえた。
空気が震えるように感じられて、枝にとまって囀っていた小鳥たちが一斉に飛び立つ。
「なに? 今の音?」
「なんだろう? 王宮の方から?」
マリエルと立ち止まって辺りの様子をうかがう。そうしているうちに、立て続けに同じような重く低い音が轟いた。
音は王宮の方向から聞こえてきている……ように思う。
林からは王宮は見えない。確認することはできない。
だけど、これは……きっとただ事じゃない。
……イヤな予感しかしない。
「マリエル、とりあえず第三王子宮にもどろう」
「うん」
同じくなにかを感じ取った、緊張した表情のマリエルが肯いた。
来た道をもどるよりも、そのまま散策道を進んだほうが早いと判断をして足早に歩く。
なにかが起こっている……王宮のほうで不測の事態があった、のかもしれない。……ここにいてはなにもわからない。
テオ殿下、お父様やお母様たちは……大丈夫なのだろうか。
焦れば焦るほど、ドレスは脚に絡み付く。
着ている外套が重く暑く感じる。
「うわっ!?」
驚いた声を上げたと同時に、マリエルが体勢を崩して前のめりに転んだ。
「大丈夫!?」
「ごめん、つまづいちゃった」
座り込んで、両手のひらを払ったマリエルに手を貸して立たせると、「痛いっ!」と顔をしかめた。
「どこが痛むの?」
「右の足首が……」
「ちょっとみせてね」
マリエルを近くの置き石に座らせる。ドレスの裾から右足を出すと靴を脱がせ、それから足首を前後に軽く動かしてみた。
「痛い?」
「うん……」
転んだときに捻ったようだ。時間が経てば腫れてくるだろう。
「ちょっと待っててね」
急いで木の根元や敷石の周囲を確認する。
ここはただの林ではない。第三王子宮の庭園ならば……どこかに。
……あった!
大きさは手のひらほどの青みがかった緑色の草。伸ばすと特徴的な三角形の柔かい葉は端から丸まり、握り拳大ほどの玉のようになって生えている。葉の汁に消炎作用のある『ギギタリス』だ。
まとめてむしって手で揉む。
青臭い匂いと独特のえぐみと酸味と埃臭さが混じったような……なんともいえない臭気が漂い出す。
マリエルは鼻をくんとさせた。
「ルナ……。それ、なに? なんか臭いよ」
「『ギギタリス』よ。ちょっと我慢してね。捻挫にはよく効くから」
渋い顔をしたマリエルの足首に、揉み込んだ葉を充ててハンカチで縛る。
「さあ、応急処置は終わり。肩を貸すから、立ち上がれる?」
「うん。ありがとう……ごめんね」
「大丈夫。マリエルは小柄だから、なんなら背負ってあげようか」
安心させるように笑うと、マリエルは不安そうな瞳を潤ませて、ふにゃっと表情を崩した。




