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21話から投稿しております。
勝手ながら区切りの良い話だと思って投稿しました。
いつも感想・誤字脱字報告をありがとうございます!!
「ほ、ほんとに、ヘレンなのか…?」
「そうです。勝手に家を出て、申し訳ありませんでした」
久しぶりに見た娘は、ドナルドの記憶よりもずっと大人びていて、綺麗になっていた。
「い、今までどこにいたんだ…!! ずっと探していたんだぞ…!」
「旦那様、あまり大きな声をお出しになられませんように」
「ロドリゲス…! お前、やはりヘレンの居場所を知っていたんだな…!?」
「いいえ。私も旦那様と同じく本当に久方ぶりにお嬢様にお会いしました」
「ならどうしてそんなに落ち着いているんだ…!」
ドナルドは狂乱しそうになる精神をなんとか押しとどめているというのに、自分の執事はいつもと変わらない様子に見える。そのことが酷く気に障った。
「もちろん私だってとても驚きました。しかし、こうしてお嬢様が健康にここにいらっしゃるだけで満足しておりますので」
「っ……はぁ…ヘレン、今までどこにいたんだ?」
「伝手をつかってカロリアンにおりました」
「あんな遠くの国にか…!? 伝手というのは誰のことだ。グリンデルか?」
「いいえ。ですが教えるわけにはいきません。その方に迷惑がかかりますから」
「……カロリアンで何をしていたんだ」
「とある方のお世話になっておりました」
淡々とした面持ちで話す娘に、ドナルドはどうしてこうも冷静でいられるのだろうと思った。
「ヘレン…お前がいなくなってからというもの、酷い有様だったんだぞ?」
「酷い有様? ですか?」
「あぁ…アンドレの教育が全く進まん。ジャクリーヌとそのことで連日喧嘩ばかりだ」
「お父様…それは私の所為ではありません。それにアンドレアスのことは、本来私ではなく、お父様方が気付くべきことでした」
「っ……お前も一緒になって言ってくれていればこんなことにはならなかったかもしれんだろう」
「お父様。私がここに残ったとしても、結果は変わらないと思います。だって、私がいくら言っても誰も聞いてくださらなかった」
ドナルドは娘の言葉にぐぅっと唸った。はっきりいって、あの頃の自分は待望の長男の誕生に浮かれすぎていたことは理解している。そしてヘレンがああなってしまったことを後悔し、絶対にアンドレアスには無理をさせないようにしようとした結果、今こうなっていることも。
「だ、だがな、ヘレン。私たちも私たちなりに考えていたんだ。ほら、ヘレンに無理をさせすぎてああなっただろう? アンドレにはそうならないようにしようと…」
「私は無理をしすぎてなったわけではありませんよ、お父様。お父様たちが、私を全く褒めてくれなかったのが、とても悲しかったからです」
「ヘレン……」
初めて心情を吐露する娘の姿に、ドナルドは瞠目した。そして、そこまで褒めていなかっただろうかと記憶を探る。
「私がどれほど頑張っても、お父様もお母様ももっと頑張れとしか仰ってくださいませんでした。その傍でカレンは褒めていたことを…覚えてはいないようですね」
「そんなはず…」
ドナルドは褒めたことがあったはずだと何とか思い出そうとした。そして、いつも頑張れとしか言っていなかったかもしれないことに気づいた。
「お父様、私は頑張ることは嫌いではありませんでした。ただ、褒めてほしかった。よくやっているな、この調子でいいと。お父様たちは頑張れと簡単に仰っていましたが、頑張っても頑張っても終わりが、正解が見えないのです。それはまるで、暗闇にいるようでした」
「ヘレン……お前は、そんなことを…」
ヘレンは一度頭を振ると、ドナルドをまっすぐに見た。マイヤー家の証でもある自分と同じ真っ青な瞳がドナルドを射抜いた。その力強さに、ドナルドは何故か居心地が悪くなる。まるで、知らない人のようにも感じてしまった。
「…カロリアンでも、私はたくさんの人に迷惑を掛けました。でも、そのおかげで私に足りないものというのが少しだけわかったような気がします」
あぁ、とドナルドは気づいた。娘は、自分で大人になっていったのだと。自分たちの元ではなく、別の場所でたくさんの経験をしたからこそ、こうも落ち着いていられるのだと。こうして成長した娘は、こうして戻ってきた。それはつまり。
「なら…戻ってくるんだな?」
「―――は?」
ドナルドは何度も頷きながら笑みを深めた。
「お前もこうして大人になったのであれば分かるだろう。父母といっても時に道を間違えることもあるのだと、気づいたのだろう? 流石だ。グリンデルがよく褒めていたのも頷ける。確かに病を発症させたお前に嫁ぎ先は難しいかもしれないが、このまま家にいればいい。正直、アンドレだけでは不安が残ってな」
ヘレンには、父の言葉がよく理解できなかった。どうして、そうなるのだろうか。
「カロリアンの方には私から礼状を書いておこう。そうだ、いつかこちらに遊びにきてもらっても構わない」
「お父様、違います」
「あぁ…本当に良かった。ジャクリーヌは私の話を聞いてくれなかったからな。…だが、ヘレンがアンドレを支えてくれるのであればマイヤーも安泰だ。ヘレン、お前がかつてしていたことは何一つ無駄にならないぞ」
ヘレンはドナルドが勝手に零す言葉を聞いて絶句した。何も、変わっていないのだと、絶望すら感じた。
「少しよろしいでしょうか」
すると、今の今まで黙り込んでいたゼニアが挙手しながらドナルドに声をかけた。
「あぁ! 失礼した。ヘレンを送ってくださったのですな! いやはや、ちゃんとしたもてなしもせずに申し訳ない」
「あぁ、いいえ、お気になさらず。自分はヘレン嬢の護衛ですので」
「わざわざ! ヘレンの世話をしてくださった方には相当なお礼をせねばなりませんなぁ」
「いえ、不要かと。自分はカロリアンの民を守る自警団に在りますれば」
「……自警団?」
ゼニアの言葉に、ドナルドはようやく自分の妄想の世界から帰ってきたようにヘレンには見えた。目を瞬かせるドナルドに、ゼニアはにこりと笑みを浮かべる。
「はい。自分はとある方からヘレン嬢を護衛するように頼まれた自警団の一人です」
「…失礼だが、カロリアンでは女性も自警団を?」
「信じられませんか?」
「申し訳ないが、バーゲンムートではあり得ない話でしてな…」
「お気になさらず。国が違えばそうもなりましょう。この度自分がヘレン嬢の護衛を請け負っているのは里帰り後までですので」
「……さと、がえり?」
「はい。詳細は申し上げられませんが、ヘレン嬢がカロリアンに戻るまでが自分の職務ですので」
ドナルドがぽかりと口を開き、ヘレンを凝視した。
「どういうことだ、ヘレン」
ヘレンは背筋がじっとりと嫌な汗で濡れているのを不快に思った。父にはばれていないとは思うが、ヘレンは応接室に案内されてからずっと小さく震えていた。ゼニアには顔色が悪いからまた今度にするかとも言われた。
だが、これはヘレンの罪でもあるのだ。本音を言えば今すぐに逃げ出してしまいたい。だが、そう感じるのは過去のヘレンがその時に問題と向き合わずに逃げたからだ。
「……今回私が来たのは、もう二度と戻るつもりがないのと、元気にしていることを伝えるためだけです」
「ヘレン! お前は家がどうなってもいいというのか!?」
「逆に伺いますが、私がいて何かできるとお思いですか?」
「お前がアンドレを支えてくれれば問題ないだろう!」
「あります。自分の意見一つまともにできない人間を、他の貴族が対等な関係と見てくれますか? それに女性で婚姻も交わせない姉が傍にいて、何一つ問題ないと仰られるのですか?」
「……だが! 今のアンドレアスでは当主になることは出来ない!」
「ならせればいいでしょう。そう教育をしたのはお父様方ではありませんか」
「ちゃんとした教育をさせようとしている! だが、言うことを聞かないんだ!」
ヘレンは父の言っていることが支離滅裂すぎて話にならないと感じた。
かつては父のような立派な領主になりたいと感じていたのに、今ではそう思ったことが不思議でならない。こんな感情的なことばかり言う人間が、どうして領主として成り立っていたのだろうか。
「お父様の言葉を聞かないのに、どうして私の言葉なら聞くと思うんですか?」
「そ、れは……アンドレはお前を怖がっていた…。怒られたくない一心から、言うことを聞くんじゃないかと」
「それこそ、最低ですよ、お父様」
ヘレンはその一言を冷たく言い放った。そして、どうして今の今まで怖がっていたのだろうかと思う。どうして、父の言うことが全てだと思えたのだろうか。
「そんな馬鹿な真似をすれば、いつか必ず伯爵位を返上することになりましょう。民からも、他の貴族からも侮られた貴族がまともにやっていけると、本当に思っているのですか?」
「っ……」
流石の父も、自分の言っていることが都合の良すぎるものだと理解できたらしい。顔色を真っ青にさせていた。
「―――かつて、グリンデル先生に教えていただきました。貴族とは、領主とは、民を守るために存在するもの。裕福な生活はそれらを厳しく学ぶために、民から先行投資してもらっているようなもの。…私がかつて施していただいた教育に多額の費用がかかっていることも理解しています。それらはいつか、民に還元するべきものだとも。……お父様は、ご自身のことばかりをお考えなのではありませんか」
それは問いですらない。ヘレンの中では、確証があった。……ずっと見ていたから。
「お母様に嫌われたくない。アンドレアスからも嫌われたくない。でも領主としての義務は理解している。そんな中、嫌われてもいい私がいたら、自分は何も言わなくて済む。嫌われなくて済む…そうお考えなのでしょう?」
「―――」
ドナルドは顔色を蒼白にさせながら茫然としていた。その様子から見るに、きっと気づいていなかったのだろう。ただ、本能がそうさせていた。ヘレンは、そっちの方がよっぽど質が悪いと感じていた。
今のマイヤー家が惨状にあるすれば、それは当主であるドナルドの失態だ。それを挽回する手立てなどたくさんあるのにも関わらず、父であるその人は最も楽で、自分は憂いなく、そして最低な道を選ぼうとした。
父としても、貴族としても、最低だとヘレンは心底思った。
「もう一度言います。私はこれを機に、二度とこの地に戻るつもりはありません。…カロリアンで、愛する人と共に生きます」
今なら叫べる気がした。
ノアが好きなのだと。




