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すみません、出来ている部分まで投稿しました。
前話からお願いいたします。
いつも感想、誤字脱字報告をありがとうございます!
「お初にお目にかかります、前マイヤー伯爵夫人」
「貴方は……?」
エリザベスは、精悍な青年の来訪を受けて戸惑っていた。
「申し遅れました。私はカロリアンのノア・ヴィノーチェと申します」
「まぁ、カロリアン…? わざわざそんな遠いところからこのような場所に、どういったご用件でしょう?」
使用人たちからの手痛い裏切り…のようなものを受けたエリザベスは、ふさぎ込んでいた。誰を信じたらいいのか分からないその状況と、未だに可愛い孫の一人であるヘレンの行方が知れていない事実は、エリザベスの神経を消耗させていた。
「お孫様の…ヘレン嬢のことについてお話ししたいことがあり、こちらまで伺いました」
「ヘレン!? 貴方、ヘレンの行方を知っているの!?」
そして目の前の青年から発せられた言葉に、エリザベスは縋るように彼に詰め寄った。自分が体調を崩している間にいなくなってしまった孫。頑張り屋で、いじらしい彼女のことが分かるのであれば、エリザベスは悪魔にだって魂を売っても構わないと思っていた。
「はい。その前に夫人、落ち着いてください。御加減があまりよろしくないと伺っています」
「そんなこと…! ヘレンは!? ヘレンは無事でいるの!? あの子は今どこに……!」
青年が逃げないように腕を必死に掴んだエリザベスは、くらりと頭が回るのを感じた。
「奥様!」
「ミーシャ!」
慌てたダンの声と、青年が誰かを呼ぶ声がする。しかし、今意識を失うわけにはいかなかった。
「………あのこ、は、ヘレンは、元気にしているの……?」
エリザベスは膝をつきながらも、掴んだ手だけは放そうとはしなかった。唯一の手掛かりに等しい彼を、どうしても逃がすわけにはいかなかった。
「夫人、落ち着いてください。大丈夫です、ヘレン嬢は今、バーゲンムートにいます」
「っ!! あの子に、あの子に会いに行かなきゃ……!」
よろり、と立ち上がろうとすると、青年と一緒にやってきた女性がエリザベスを支えた。
「失礼、ご婦人。少し抱えて運ばせていただきます」
「え、っ!!」
女性はエリザベスを軽々と抱き上げると、ダンにどちらにお運びすればいいのか、と問う。
「女性に運ばせるなんて…! 大丈夫よ、私は歩けるわ…!」
「いいえ。御加減のよろしくないご婦人を歩かせるなんて非道な真似、私にはできません。それに、ヘレン嬢の御婆様で在られる貴女に、傷一つつけたりはしませんのでご安心ください」
にこりと微笑みを浮かべる女性に、エリザベスは驚きを隠せないでいた。
「夫人、ご安心ください。彼女はミーシャといいまして、カロリアンのある領地の自警団副隊長をしているものです」
「でも…」
「ご婦人、よろしければ私に貴女様を運ぶ栄誉をください」
「……」
彼女の表情を見ている限り、エリザベスのことを持ち上げることに苦を感じているようには見えなかった。エリザベスは一つため息をつくと、お願いするわ、と口にする。
その言葉に、ミーシャと呼ばれた女性はにこりと爽やかに笑った。
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「……ん…」
「お目覚めですか?」
「…だれ…?」
ヘレンはぼんやりとする頭で誰何した。自分に何があったのだろうか。何が起こっているのだろうか。そこまで考えて、ヘレンは意識を失う前のことを思い出した。
「っ!! 誰ですか…!」
黒い人影が自分を連れ出したことを思い出し、身を固くした。あの場から連れ去ってくれたことには感謝しかない。だが、今までの経験上素直にそれを口にすることは躊躇われた。
しかし人影はそんなヘレンに対してくすりと笑った。
「ヘレン嬢、少しお会いしないだけで自分の声も忘れてしまったんですか?」
「……ま、さか…ゼニアさん…?」
ヘレンは信じられない気持ちでその人の名前を口にした。相手は、大当たりとでも言わんばかりに顔まで覆い隠していたフードををとる。そこには、安心できる相手の顔があった。
「ぜ、にあ、さん…?」
「はい。すぐにお助けできずに申し訳ありません…。ですが、またこのようにお会いできて光栄です」
信じられなかった。ノックスを自警団に飛ばしてはいたが、自分を探しにわざわざここまで来たことに。
「―――あ、アマリーは!? アマリーは無事ですか!?」
「ご安心を。ヘレン嬢が知らせてくれたお陰で、アマリーも無事保護しておりますよ」
「っ!!」
ずっと気にしていたことの答えが得られたヘレンは、一瞬で涙をぼろぼろと零した。自分の所為で怖い目に遭っただろうアマリー。叶うならば、面と向かって謝罪をしたかった。…身の危険にさらしたヘレンに、アマリーが会ってくれるかはわからないが。
「とりあえず今はお休みください。だいぶお疲れでしょう?」
「……」
ゼニアが温かい手をヘレンの目元に置いた。その温かさに、ヘレンの意識が朦朧とし始める。
「ヘレン嬢、もう大丈夫です。危ないものは自分が切り捨てますから。だから、ね? 今はゆっくりと休んでください」
「……ぜにあ」
「はい」
「……ぁり、がと…」
うつらうつらとした意識の中、ヘレンはそれだけを口にすると気絶するように眠りに落ちた。
翌朝目覚めたヘレンは、見知らぬ部屋に驚いた。そして夢でなければゼニアがいるはずだとあたりをきょろきょろと見渡す。するとちょうどよく、ゼニアが扉から何かを持って入ってきた。
「起きましたか、ちょうどよかった。お食事をお持ちしたんです。食べましょう?」
「ゼニアさん! わざわざありがとうございます」
「いいえ、お気になさらず。元から細かったのにさらに細くなってしまわれておりますからね。ちゃんと食べてください」
そう言われたヘレンは、確かにそうかもしれないと自分の手首を見た。クリストファーとの強行で行われた移動中、ヘレンはまともなものを食べた記憶がなかった。過度なストレスもあって、食事が喉を通らなかったこともあるが、以前よりも細くなってしまっていたのだ。
「食事をしながら、今までのことをご説明しますね」
「お願いします」
用意された食事は野菜の入った温かいスープに、ふんわりと焼かれたパン。その優しい香りに、ヘレンのお腹がきゅる、と音を立てた。
「っ…」
「可愛らしい音ですね! ささ、食べられる分だけでもいいのでどうぞ」
「ありがとうございます…」
そうしてヘレンは寝台から机に移動すると、ゆっくりと食事を始めた。
「ではまず、ここはあの男の屋敷から離れたところにある宿屋です。金を積んでいるのでまずお嬢様のことを漏らしたりはしないかと思われますが、長期での滞在予定ではありません」
「…カロリアンに戻るんですか?」
「いいえ。ちなみにバーゲンムートに来ているのは自分だけではありません。ノア様と、ミーシャ様が来ています」
「!! そんな、なんで…!」
ヘレンはゼニアからの予想外の言葉にスプーンを取り落としてしまう。それをゼニアは拾い、もう一つ用意されていたスプーンをヘレンに手渡した。
「自分も詳細を知っているわけではありませんが、ノア様はヘレン嬢を妻にと望んでいるそうです」
「それ、は…」
ノアから想いを寄せられるようになって、いずれはその話も出るのだろうと思っていた。だが、このタイミングではなかった。
「なので、ノア様はヘレン嬢の生家に向かっているそうです」
「……え?」
ゼニアの言葉をヘレンは一瞬理解できなかった。ノアが、自分の生まれた家に。何の為に?
そんなこと、分かり切っていた。
「な、どうして、そんな……」
ヘレンは意味も分からずに取り乱した。自分の両親とノアが会う。たったそれだけのことだというのに、何とも言えない恐怖感がヘレンの胸中を占めた。
両親は確かにヘレンに対しては微妙だったが、悪人というわけでもない。そしてノアは言わずもがな。だが、どうしてか会って欲しくないと切実に思ってしまった。
「や、止めてもらうことは…!」
ゼニアにはヘレンのその心情が理解できないのだろう。首を傾げながら不安に戸惑うヘレンに問うた。
「どうかされたのですか? 何か問題でもあるのですか?」
「そ…れは…」
そしてヘレンはどうして両親とノアが対面してほしくないのだろうと考えた。そして、ヘレンは気づいた。ノアに、知られたくないのだ。自分が逃げ出した両親のことを。
「……」
あまりにも身勝手な理由に、ヘレンは閉口した。愛していたはずの両親。愛していたはずの家族。それを見られたくない、話してほしくない。そう考えてしまった自分に対して、何も言えなくなってしまった。
今でも嫌っているわけではない。だが、今のヘレンには過去の恥部として認識してしまっていることに気づいた。自分の無様ともいえる過去を知る人物を、ノアに会わせたくない。
―――要は、恥ずかしいのだ。
「……その、い、え…なんでも、ありません…」
しかしノアがわざわざバーゲンムートまで来て、両親に結婚の許可を取ってくれるということの大変さも理解できる。問題はヘレンの個人的な心情なのだ。
簡単に言って、両親がノアとヘレンのことを祝福してくれるかどうかすら分からない。だが、今更ヘレンをマイヤーに戻そうなどとは考えないだろう。バーゲンムート内の貴族に嫁がせるには、ヘレンには多くの問題を抱えすぎている。
「ヘレン嬢?」
「…いいえ、何でも、ありません…この先どうするのか、聞いても良いですか?」
「もちろんです」
そうしてゼニアは今後の予定をヘレンに話し始めた。
ヘレンは全てを楽観的に考えていた。もう二度とノアに会えないかもしれない事態からゼニアに救われたことによって物事が全てうまくいくと勝手に誤認したのだ。
今のヘレンには、自身の片割れであるカレンのことも、アンドレアス、アレックスのことすらも頭にはなかった。ただただ、自分のことだけを考えていたのである。
しかしそれも致し方のないこと。
何故なら、ヘレンにとってバーゲンムート…いやマイヤー家自体が過去のものとなっているからだ。ヘレンには、既に自身がマイヤー家の長女という自覚はなかった。ただ彼女にあるのは、かつて当主となるべく邁進した矜持のみが残っているだけ。さらにいうのであれば、今の今までヘレンを見つけられていないことが探していないということに直結していたことも一つだ。
ヘレンは、マイヤー家は既に自分を見限っているのだろうと勝手に考えていた。そうすれば、アレックスの取った行動も何ら不思議ではない。カレンの為に同じ家に姉妹をやるなんて、あり得ないことだから。
とにもかくにも、ヘレンはゼニアに救われたことによって、自分に都合の良い未来を描いてしまったのだ。




