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三部、11話から投稿しております。
いつも誤字脱字報告、感想をありがとうございます。
読んでいて中々進まず苛立ちを覚えられてしまうかもしれませんが、お付き合いいただければ嬉しいです。
アマリーは、ぶるぶると震えながら死刑を待つ囚人の気持ちを味わっていた。きっと、隣に座っているシエルも同じなのだろう。握りしめた手から、彼が震えているのがわかる。
アマリーたちは、詰所から屋敷へと場所を移動させていた。馬車の中では地獄のようだったとアマリーは思う。普段、厳しくも優しく見守ってくれていたトンクスの表情はなく、何一つ言葉を発しない彼の空気は、酷く重かった。あまり話すことはなかったものの、それでも頑張るように言ってくれたノアは、会うことすらしてくれなかった。
アマリーは、初めて責められない辛さというものが言葉に出来ないほどのものなのだということを知った。自分が悪いことなど百も承知で、怒ったり責めたりしてくれればまだ謝ることができた。でも、トンクスはアマリーが謝ることすら許してくれないようで、彼の空気は口を開くなと如実に示していた。
「……シエル、これから、どうなっちゃうのかな……」
アマリーはあまりの心細さから、そう口にする。屋敷に戻った二人は、そのまま部屋にいるように指示されたのだ。その間、誰とも口をきいていない。そのことも、アマリーの心に重くのしかかった。
「……アマリー、俺、お前の優しいところ、好きだ」
「シエル…?」
シエルは、アマリーの問いには答えずにそう口にした。思わず彼を見るが、しかしどう見ても告白をしているような表情ではない。むしろ、苦渋に満ちた表情をしていた。
「だけどな、やっちゃいけないことだった。俺たちは、ヴィノーチェ公爵家に勤める使用人なんだ。いくら見習いだっていっても、それだけは忘れちゃなんなかった…」
「……」
ぎゅ、とシエルがアマリーの手を強く握った。
「お前も俺も貧困街出身だ。でも、お前はいつだって人の優しさってゆーもんを信じてた。……俺には、それが眩しかった。貧困街にいたのに、どうして人を信じられるんだろうって思ってた」
「シエル…」
「アマリー、俺は、お前の優しさを無くしてほしくなくて、強く言ってなかったけど、世の中には悪いやつらの方が多いと俺は思ってる。子供を平気で売る親もいるし、暴力を振るうやつらだっている。人を騙すことが好きなやつだっているんだ」
「……」
「俺が、ずっと一緒にいて守ってやれたらって、勝手に思ってた。でも、それじゃあいけないんだよな…」
「そんなこと…」
アマリーは、シエルがそのように考えているなんて微塵も知らなかった。しかしその表情から、彼がどれだけ悩んだのかが窺い知れた。
「アマリー、お前の家族や、お屋敷の人たちは優しいかもしんない。だけど、それって奇跡なんだ。アマリーの世界はお屋敷だけだと思ってるのかもしんないけど、世界はもっと広い」
「……そう、だね…」
ずっと、人に優しくしていたら、その人が優しくなるかもと思っていた。両親には、人には優しくしなさい、そうしたら世界は優しくなると言われていたから。でも、そうでないことを、アマリーは知った。
「…厳しいことを言うかもしんないけど、アマリーの身勝手な考えで、ヘレン様はお屋敷を出て、攫われた。そのことは、分かってる?」
「っ……うん」
「アマリーが勝手に、人は優しくなれるって思うのは構わない。それがアマリーらしいから。でも、それを他の人も同じ考えだと思っちゃいけなかったんだ」
「…ぅん、うん…」
アマリーの目の前がぼやけ始める。目頭が熱く、鼻がツンとした。泣く資格なんてないことくらい、アマリーにも分かっていた。しかし、どう頑張っても止められそうにはなかった。
そんなアマリーを見て、シエルが苦しそうに喘いだ。だが、手を握りしめるだけしかしない。
「っ……ふぅっ…ひっ……」
「……」
数十分後、トンクスが二人を呼びにやってくるまで、アマリーは流れる涙を止めることは出来なかった。
*****
「エルサ様、二人を連れてきました」
「入りなさい」
エルサの一言に、トンクス、アマリーとシエルという順にエルサの執務室に入ってきた。アマリーの目と鼻は真っ赤で、泣き腫らしたことがすぐにわかる。それでも、エルサは表情を変えることをしなかった。
「アマリー、シエル。こちらに来なさい」
「「はい…」」
トンクスの感情のない声音に、二人はふるりと身体を震わせながらエルサの前に立つ。まるで弱い者いじめをしているようだ、とエルサは心の中で独り言ちる。しかし、甘い表情は一切しなかった。
「二人とも。本来、ご当主様で在らせられるエルサ様自ら二人の処罰を言い渡すことはない。しかし、エルサ様ご本人の希望で面会が叶っていることを感謝しなさい」
「「はい」」
無駄なことを一切口にするなとトンクスに言われたのだろう。二人は、ただただ身を縮こまらせながらエルサを見ていた。
「…正直に言って、非常に残念だ。二人を見込んで屋敷に連れてきたが、このような結果となって悲しく思っている」
「「……」」
自分の言葉に二人は悲壮な表情を浮かべるが、エルサは続けた。
「アマリー、トンクスの教えよりも、自分の考えが正しいと思ったのかな?」
「そんなことっ!」
「シエル、君にとって、私たちよりもアマリーの方が大事だったみたいだね」
「っ……」
エルサは、厳しい言葉を二人に投げかけた。例えそれが本当だろうが嘘だろうが、結果としてそう見えてしまったのだから、厳しくはないのかもしれないが、目の前の二人にとっては厳しいものだろう。
「アマリー、君の行動によって、ヘレンの命が失われてしまう可能性を考えなかったようだね」
「っ、そ、んな……」
「アマリー、黙って聞きなさい」
エルサの言葉に反応をいちいち見せるアマリーを、トンクスが窘める。
「そんな? どういう意味だい? ヘレンは今も見つかっていないのに? どうして生きていると思える? 家族が探しに来たから? それはそもそも本当なのか? どうしてトンクスに相談しなかった? していれば、このような事態は防げたかもしれない」
「……っ」
「シエル。君も同罪だ。アマリーの性格を一番知っていたのは君だろう? それならば、彼女を守るためにもトンクスに報告するべきだった。君がしているのはアマリーを守るからではなく、ただ嫌われたくないから注意出来ない駄目な男そのものの行為だ」
「っ」
エルサの言葉が刺さったのか、二人の顔色は青褪め、震えている。しかし、貴族に雇われるというのはそういうことなのだ。若いといっても、二人はあまりにもそれを理解しなさ過ぎた。
「二人とも、解雇だ。それにね、君たちの教育をまともにできなかったから、トンクスも減給する」
「え!? と、トンクスさんはちゃんと教えて…!!」
「黙りなさい、アマリー。エルサ様のお言葉に逆らう権利を、持ち得ていないだろう」
「っ」
アマリーがそう言いたい気持ちも分からなくもない。だが、それではいけないのだ。
「二人とも。見習いというのはそういうことなんだよ。教えている者がしっかりと教えていようが、お前たちが出来ていなければ教えている意味にならない。そのことを、二人とも分かっていなかったようで、私はとても悲しく思う。もしこれが、ターニャやエメリオだったら? そのことによって、誰かの命が失われたら? お前たちは、そのことをちゃんと考えたのかい?」
「「……」」
二人の表情からするに、きっと想像もしていなかったのだろうとエルサは思う。聞いていても、遠い世界の話だと思っていたのだろう。しかし、それでは意味がないのだ。身近にある話だと思わなければならないのだが、ヴィノーチェ家が平和にあったからそう思えなかったのだろう。だが、現実として事件は起こってしまった。遠い世界の話ではないのだ。
「二人は、今後一切貴族の家での労働を禁じる。そのために手も回す。それが私のできることだ。未熟な者を使用人として雇うわけにもいかないし、お前たちがいくら大人になり成長しようとも一度無くした信用は貴族間では取り戻せない。わかるね?」
「「……はい」」
「二人にはカロリアンの辺境にある孤児院に行ってもらう。人手が足りなく、猫の手も欲しているそうだ。しかし、ここで勤めていたことは口にすることを禁じる。もし一言でも漏らせば、路頭に迷うことになるだろう。今までの賃金に色を付けてやろう。それが最後の温情だ」
「……もう、ここには……」
茫然としたアマリーの様子に、エルサは小さく頷いた。
「二度と、私たちの前に顔を出してはならない。孤児院の院長と個人的に親しくしている。お前たちの働きは逐一報告されるものと思いなさい」
「…はい」
力なく返事をするシエルに、彼は自分の罪を良く理解しているのだとエルサは判断する。しかしアマリーにはまだ足りないように感じた。
「アマリー。個人的に話そう。率直に言って、今回の裏切りに私は深い悲しみを覚えている。お前が裏切ったつもりはなくとも、私の大切なものを危険に晒した。アマリー、お前にもいつか分かるだろう。大切な人が他人のせいで危険に晒されることの恐怖、悲しみ、絶望。ましてや、その他人を信頼していたとなれば。……さようならだ。二度と会うことはないだろう」
エルサはそう言い、背中を二人に向けた。もう話すことはなかったから。二人から戸惑うような気配を感じたが、トンクスが空気を読んで二人を退室させた。
「……シュゼットたちの為にも、新しい見習いを探さなければならないね」
エルサの脳裏に、幼かった二人が思い浮かぶ。可愛かった二人。出来れば、この屋敷で成長して料理人として勤めてほしかった。しかし、もう二度とそれが叶うことはない。
エルサは思考を切り替えるかのように頭を振り、そしてこれからのことを考え始めた。
「ノア様、こちらは準備できましたよ」
「ありがとう、ミーシャ」
その日の夜、ノアはミーシャたちと準備を終えて屋敷を発とうとしていた。そんな時に、背後から声がかかる。
「兄さま!」
「ターニャ、にエメリオ…寝ていなかったのか」
声のした方を振り向けば、今にも泣きそうになっている二人の弟妹が手を繋ぎながら立っている。
「ヘレンは、大丈夫なの…?」
「お前たち…聞いたのか」
ノアの言葉に、こくりと頷く。きっと、隠れて聞いてそのあとに詳細を聞いたのだろう。
「お兄様! 絶対にヘレンを助けてあげて!」
「僕たちの義姉様になってもらうんだ!」
二人の願いに、ノアは張りつめていた気持ちが少しだけ和らぐのを感じ、そして力強く頷いた。
「必ず、ヘレンと一緒に戻ってくる。その間、母上を頼んだぞ、二人とも」
「「っうん!!」」
そうして、ノアとミーシャ、ゼニアは夜の闇に姿を消した。




