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三部、5話から投稿しております。
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体調にはお気をつけてお過ごしください!
「シエル! あたし、今日町に行ってくるね!」
「また!? お前最近可笑しいぞ、アマリー」
「色々あるの! とりあえずシュゼットさんたちには許可をもらっているし、すぐに帰るから!」
「……お前まさか、あの男に会うんじゃないだろうな?」
「……でもでも! シエルに言われた通り、お屋敷のことを話してはいないよ! でも、最後に伝えたいことがあるの」
「……アマリー、本当にその男信用していいのかよ」
「大丈夫! クリスさん、とてもいい人だし!」
その日、シエルは何か嫌な予感がした。昨日も町に降りたアマリーは、夜になると酷く落ち込んだ様子でいて、出来るなら力になりたいと思い声をかけても、何もないと言われてしまった。
本人がそう言うのであれば、無理に聞き出すのは良くないと思ったシエルは、何かあれば必ず手助けをしようと心に決めた翌日、アマリーはいつもと変わらぬ様子で町に行くと言ってきたのだ。
「……俺も一緒に行こうか?」
「大丈夫よ! そんなに時間はかからないから!」
「どこで待ち合わせているんだ?」
「えっとね…町のカフェの近くよ! ターニャ様がお好きなケーキを置いている!」
「そうか……何かあったらすぐに言えよ」
「…うん! ありがとう、シエル!」
そうしてアマリーは軽やかな足取りで屋敷を後にした。その後姿を見送ったシエルは、仕事に行かねばと引きずられる思いをそのままに、厨房へと足を運んだ。
「クリスさん!」
「あぁ、アマリー嬢」
クリストファーは、なんの疑うもなく笑顔を浮かべて駆け寄ってくるアマリーを見ながら、心の中で酷薄な笑みを浮かべた。貴族のお屋敷に務めていて、彼女ほど扱いやすい娘もいないと思いながら。
「どうでした?」
「すみません…手紙はお渡ししたのですが、やっぱりエルサ様達に正式に面会の約束をしないとお会いできないと…」
「そうですか…」
それはそうだろうとクリストファーは思う。ヘレンが、見ず知らずの人間になんの予備知識もなく会うはずがない。彼女はかつて当主となるべく教育を受けた人間だ。その人間が、たとえ自分を不利にする情報を持っている相手がいると知っても、そう簡単に会うはずもない。それでいちいち会って、脅迫などされたら更に面倒になるからだ。
こうなることをクリストファーは望んでいた。
「それは、とても残念ですが、仕方のないことですよね」
「力になれなくてごめんなさい、クリスさん……」
「いいえ、アマリー嬢。貴女の所為ではありませんから…。時に、私が会いたいと言ったことを知っているのは、アマリー嬢とヘレン様だけでしょうか?」
「っ、もちろんです!」
「そうですか…」
クリストファーは、アマリーのそれが嘘であろうと思った。しかし、ヘレンのことを思う彼女であれば、上の者に言ってはいないだろうとも。話す相手としてあり得るのは、同僚の少年くらいだろうか。しかし彼程度であれば、問題はないだろう。そもそも隠した罪が少年にはある。それを知った上司や、ヴィノーチェ家の者が、彼を罰さないわけがない。
「それにしても、困りました…」
「クリスさん…?」
「できれば、わたくしと一緒にバーゲンムートにお戻り頂きたかったのですが…やはりそう簡単には行きませんね」
クリストファーは、人の良い笑みを浮かべた仮面を取り払った。
「アマリー嬢。君には彼女への餌になってもらうよ」
「く…クリス、さん…?」
アマリーがいきなり雰囲気の変わったクリストファーに怯えるように後ずさる。しかし彼女の腕をつかむことで、逃げられないようにした。
「本当に、君が単純な子で助かったよ。ありがとう、アマリー」
「っ!! だ、だれかっ……!」
アマリーが叫びだそうとした瞬間、クリストファーは予め用意していた薬品を染み込ませた手巾で、アマリーの口を塞いだ。数秒もすると、アマリーの体から力が抜け、がくりと地面に落ちる。
「どこの国にも、ならず者がいるのはとても助かるな…。予定通りに頼んだぞ」
「はいよ」
クリストファーは独り言のようにそれを言い、そして隠れていた男たちに指示を出す。男たちは汚らしい恰好をしていて、下卑た笑みを浮かべていた。
「だんなぁ、この娘っ子は、遊んでもいいんで?」
「駄目だよ。そんなことをすれば、ヴィノーチェに目を付けられるだろう? そんなことをしたら、報酬は減額するからな」
「っち…分かりやしたよ…」
「はい、君にはこれね。すぐにヴィノーチェに届けて。いいね、渡すのは庭師だ。それ以外には渡すなよ」
「はい」
クリストファーはくすくす嗤った。自分の思う通りに事が進みすぎて。これなら、ヘレンはすぐさま自分の元にやってくるだろう。そうすれば、サーシャからあの男を引き離せる。
「サーシャ、待っていて。今戻るからね」
うっとりとした笑みを浮かべるクリストファーを、ならず者の男たちは気味が悪いものを見たと言わんばかりに視線を反らした。
******
「ヘレン様、手紙が届きました」
「? クロウ? 手紙って、どなたからでしょう?」
「すみません…俺には…ただ、ヘレン様に渡すように、言われました」
「……ありがとうございます」
ヘレンは嫌な予感しかしなかった。昨日の今日だ。クリスのことから考えれば、何かあるとしか考えられない。
ヘレンはクロウに礼を言い、仕事に戻らせて一人になってから手紙を読む。そして出そうになった悲鳴を何とか飲み込んだ。
「あ、まりー……!!」
手紙は、クリスからのものだった。そしてその内容は、ヘレンが自分に会わないという選択をしたために、アマリーを人質にとるというもの。自分の仕事はヘレンをバーゲンムートに連れていくことだが、それが出来ないのであれば、代わりにアマリーを連れていき、罰してもらうとのことだった。
冷静に考えれば、どうしてヘレンの代わりにアマリーが罰せられるのか疑問を持つところだろう。しかし、この時のヘレンは自分の身代わりに攫われてしまったという恐怖でいっぱいになってしまっていた。
「お、ちついて、ヘレン……まず、アマリーが、本当に攫われたのか、かくにん、しないと……」
ヘレンは何とか落ち着きを取り戻そうと何度も深呼吸をする。手が、微かに震えているのが自分でも分かる。それでも何とか取り繕えるくらいにまで落ち着くと、足早に厨房へと向かった。
「こんにちは」
「あら、ヘレン様。如何なさいました?」
「少し、アマリーに用事があって……」
「アマリーですか? 彼女なら今日大切な用事があるって町に行きましたが」
「っ」
厨房にはシュゼットのみがいた。そして彼女にアマリーの所在を問えば、いないと答えられ、ヘレンの血の気が引く。
「シエルなら何時くらいに戻ってくるか知っているかもしれません、呼びますか?」
「お、お願いします…」
どうしよう、どうしようとヘレンは自責の念に駆られながらも、何とかそう口にした。そして呼ばれたシエルは、怪訝そうな表情を浮かべている。
「シエル、忙しいところごめんなさい、少しだけいいですか?」
「…もちろんです、ヘレン様」
ヘレンはシエルを連れ、誰もいなさそうな屋敷の裏手へと回る。
「シエル、アマリーが町に行ったと聞きましたが、誰かに会いにですか?」
「そうですけど…」
「何時に戻ってくるなどは、聞いていますか?」
「…そういえば、そろそろ戻ってきてもおかしくないのに……」
「そんな…」
「そんなって、どういうことですか…!?」
シエルがヘレンに詰め寄る。しかしヘレンは何と言っていいか分からずに口ごもった。
「アマリーに何かあったんですか!? あいつ、ヘレン様に会いたいっていうやつに会いに行ったんです!! 何か知っているんですか!?」
「っ…!」
どうしよう、とだけしかヘレンは考えられなかった。まさか、自分を連れ戻すためにアマリーを攫うなんて、考えてもいなかった。これは自分の落ち度だ。
ヴィノーチェ家にお世話になっておきながら、まさか迷惑を…いや、迷惑どころの話ではない。彼らが大切にしている使用人を、傷つけるようなことがあってはならないというのに。
「まさか……アレックス……!」
ヘレンは、こういうことをしそうな人物が一人だけ思い当たった。言ってはなんだが、両親にこのようなことが指示できるとは考えられない。そして、自分に執着しているかもしれない人物は、彼しか思い当たらなかった。
「あれっくす…? 誰ですか、それ!? アマリーは、アマリーは無事なんですか!?」
「……シエル、アマリーは、どこで待ち合わせているか、聞いていますか?」
「町の、カフェの近くって聞いてます……ターニャ様が好きなケーキが売っている…ヘレン様、どうするんですか!? アマリーにもし何かあったら……!」
顔を青褪めさせるシエルに、ヘレンは何とか安心させようと両肩に手を置いた。
これは、自分の責任だ。ヘレン・マイヤーが招き起こしたことだ。自分がちゃんと家族と向き合って、カロリアンに来ていれば、起きなかったことだ。
自分ばかりを見て、他人を考えなかったヘレンが、悪いのだ。
「シエル、アマリーは必ず連れ戻します。安心してください」
「ヘレン様……」
親切にしてくれた人たちに対して恩に仇で返すような真似、ヘレンは絶対にしたくなかった。これは、自分がどうにかしなければならない。ノアたちに、頼ることは出来ない。
「で、でも、トンクスさんやノア様に知らせなきゃ……!」
「駄目です。私の所為でアマリーが危険に晒されているのですから、私が何とかします」
「ヘレン様一人でどうにかできるんですか!?」
「……絶対に、アマリーは無事に帰します」
ヘレンはそう言うと、踵を返した。その瞳には、怒りの感情がちらちらと見え隠れする。それが自分に対してなのか、それともこのようなことをしたクリスなのか、ヘレンには分からなかった。ただ、自分が不甲斐ないと思うのは、確かだった。
早歩きでその場から立ち去るヘレンの後姿を、シエルは何とも言えない表情で見ていた。ヘレンの言う通り、ヘレンの所為でアマリーの身に危険が差し迫っているのは理解できる。だが、それでヘレンの身が危険に晒されてもいいのだろうか。
「……俺も、行かなきゃ……!」
自分に出来ることがあるかどうかは分からない。だが、行かねばいけないとシエルは自分の本能が言っているのがわかった。
「とりあえず、トンクスさんには言わなきゃ…!」
シエルは自分を鼓舞すように一度両頰を叩くと、勢いよく駆けだした。




