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3から投稿しております。
更新が遅くて申し訳ありません…。
糖度高めが目前に……!
誤字脱字報告、感想をいつもありがとうございます。とても励みになります。
「ヘレン、明日は暇か?」
「ノア様? はい、特に予定はありませんが」
「そうか、なら一緒に町に行かないか」
「ぜひ」
夕食後、ヘレンはノアにそう声をかけられた。そしてそれをたまたま聞いていたらしいターニャが騒ぎ始める。
「町に行かれるの!? 私も行きたい!」
「えっ、僕も!」
同じように聞いていたエメリオも一緒になって騒ぎ始める。しかしそんな二人にノアは駄目だと言い放った。
「どうしてどうして!?」
「僕たちも行きたい!」
「ターニャ、エメリオ、明日は家庭教師の先生が来るだろう。…それに、私のことを応援してくれるのではなかったのか?」
「き、気づいてっ…!」
「あんなに露骨にされていれば誰だって気付くぞ?」
「……?」
話の流れが良く理解できていないヘレンは、疑問符を浮かべながらも話を聞く。
「だってだって、お兄様ってばお仕事ばかりなんですもの」
「お前たちが気にしてくれているのは理解できるがな…」
「…あの、どういうことでしょうか?」
「ん? あぁ、ヘレンは気づいていなかったのか。二人がやたらと一緒に菓子を作るだろう? 作れば、一緒に食べようと話になる。つまり、一緒にいる時間を長く取ろうとしているんだ」
「そのようなことを……」
確かに、ターニャとエメリオに誘われてお菓子を作る機会は多い。そしてそれを食後や稀にお茶時に一緒に食べることも。ただ、それは二人が多忙なエルサやノアを気遣ってのことだと思っていた。
「二人がどういう思いでそうしてくれているのかはわかる。だから、明日は私に任せてくれないか?」
「……お兄様がそこまで仰るのなら仕方ないわね!」
「ありがとう。明日はちゃんと勉強をするんだぞ」
「「はぁい」」
「?」
結局、ヘレンには話の流れが良く理解できないままその場は収まったらしい。そしてそのまま翌日の外出の約束をしたヘレンは、自室へと戻った。
「イリーヌさん」
「ヘレンお嬢様、どうかなさいましたぁ?」
「明日、ノア様と町に行くことになったので…」
「まぁまぁまぁ!! デート、ですわねぇ!!」
「でっ…!?」
「それならとびっきり可愛い恰好をしませんとぉ!」
そしてヘレンはようやく気付いた。てっきり仕事で必要な買い出しにでも行くと思っていたのだ。しかし一度それに気付けば、先ほどの会話の内容も理解できた。ターニャとエメリオが積極的にノアとヘレンをくっつけようとしていることに。
二人がヘレンを気に入ってくれていることは何となく理解していた。しかし、そこまでとは思ってもみなかったヘレンは、知らず知らずのうちに顔に熱が籠る。
「あ、でも、その、動きやすい服装が…」
「えぇ、えぇ! 可愛く在りながらも動きやすい恰好にしませんとねぇ! アイリスたちとも相談しなくては、なりませんわぁ!」
「い、イリーヌさん!?」
まさか自分の外出一つでそこまでするとは。というより、デートではないかもしれないという可能性はないのだろうか。
「イリーヌさん、もしかしたら、ただの買い出しかもしれませんから……!」
「まっ! ヘレンお嬢様ってばお可愛らしいですわぁ…でも、どう考えてもこれはデートですわよぉ。ノア様が直々にお誘いになられて、ターニャ様達も同行されずに二人きり…最高ですわっ!!」
「ふ、二人きり…」
どうして自分よりもイリーヌが楽しそうなのか、ヘレンはあえて考えないようにする。しかし、仕事であれば二人きりでもなんとも思わないのに、デートの一言が付くだけでどうしてこんなにも緊張するのだろうか。
そうして思い出す、いつかの日の夜のことを。
―――もちろん、構わない。だが、私としては好きになって欲しいから、攻めさせてはもらう
―――あぁ、私をもっと意識しろ
「~~~っ」
ノアは、本当に言葉通りにするつもりなのだろうか。ただでさえ仕事の時でもついつい見てしまっているほどに意識しているというのに、これ以上意識したらどうなってしまうのだろうか。
―――執務室でヘレンがノアを見つめているのを微笑ましくイクスたちが見ていることを、ヘレンは気づいていない。
「今日は早くお休みくださいませねぇ! 私はこれから明日のヘレン様の服装を相談してまいりますのでぇ!」
イリーヌがそう言い、そして一礼して部屋から出る。一人残されたヘレンは、どうしようと胸をどきどきさせながらも眠る準備をした。
******
「おはよう、ヘレン」
「お、はようございます、ノア様」
「うん、可愛いな」
「っ! あ、ありがとうございます…イリーヌさんたちが、朝から頑張ってくださいました…」
翌日、思ったよりも眠れたヘレンはイリーヌに起こされ、そしてそのままアイリス、シャーリー、イリーヌの三人によって着替えさせられた。三人の目の下には隈があり、どれほど悩んでくれたのかが目に見えてわかる。そうして出来上がったのは、紺色を主に使用した良いところのお嬢さん風の格好だった。アクセサリーは琥珀を使用したもので、どこからどう見てもやりすぎのようにしか思えない。
しかしその格好に満足したのか、ノアは何度か頷きながらヘレンに手を差し出す。
「行こうか」
「は、い……」
仕事の関係で外出する際にも、何度もノアからのエスコートを受けている。だというのに、今日に限ってヘレンは緊張からか手に汗をかいているのではないかと心配になった。
あまりに触れないようにと軽く手を差し出すも、それをノアによって密着させられる。まるで恋人のような手の繋ぎかたに、ヘレンは自分の体温が上がるのを感じた。
「っ、の、ノア様、そのっ…」
「ん?」
「あの、て、手を…」
「何か問題でもあるのか?」
「いえ、その、あのっ…て、あせ、が…」
「あぁ…気にならない」
ノアはそういうが、ヘレンが気にするのだ。しかしノアに何を言っても暖簾に腕押し状態で、結局ヘレンはノアに手を握られたまま馬車に乗り込むことになった。
「……の、ノア、様…」
「どうかしたのか?」
「あの、ち、近すぎませんか…?」
「私はそうは思わないが」
馬車に乗れば、ノアとの接触が少しは減るだろうと考えていたヘレンは、自分の予想が外れたことに気づかざるを得なかった。
ヴィノーチェ家の馬車は、四人掛け用だ。二人で乗るときに、基本的に対面で座る。しかし、何故かノアは先に乗り込んだヘレンの隣に腰かけた。ソファーのように余裕があるわけではない座席の所為で、ヘレンの左半身はノアの熱を確実に感じている。
「あ、の、今日はどういった用事で、町に……?」
「あぁ、最近町に行っていなかったからな。色々と見ておこうと思って」
「そうですか…」
つまり、明確な用事はないということだろうか。
「ヘレンも気になる店があれば言うといい」
「はい」
そう言われたものの、ヘレンは町に用事はない。とりあえずノアの行きたいところについて行けばいいかと考えながら頷いた。
「ここは……?」
「入るぞ」
「え、あ、はい!」
ノアに連れられてやってきたのは、上流階級の人間しか出入りしないような門構えの店だった。しかし外からは何をやっている店なのかはわからない。しかし、入った瞬間にヘレンは目を瞬かせた。
「マダム、久しぶりだな」
「あら? あらあらあら!! ノア坊ちゃん!」
「坊ちゃんはよしてくれ」
そこは、宝飾店だった。入ると、そこにはふくよかで眼鏡をかけた上品な女性がノアを見て目を丸くしている。
「坊ちゃんに良い人が出来たって噂があったけれど、本当だったのねぇ!」
「マダム……とりあえず、彼女に似合う装飾品を一揃い見たい」
「もちろん、任せて頂戴!」
マダムはにこにこと笑みを浮かべながら店の裏側へと姿を消した。茫然としていたヘレンは、ノアの言葉をようやく理解して慌ててノアの袖を小さく引っ張った。
「の、ノア様っ…私のって…!?」
「あぁ、贈り物をしたかったんだがな。私の趣味がヘレンに合うかは分からなかったから、一緒に見ようと思って」
「そ、そんな、私、もう色々頂いてしまっているのに…!」
「あれはヴィノーチェ家からだ。私個人ではないからな」
「で、でも……」
ただでさえドレスやら装飾品を借りたり頂いたりしているのに、いいのだろうか。ヘレンが悩んでいると。
「お嬢さん、男の矜持ってものよ。贈ってもらいなさいな」
「あ…マダム…」
「申し遅れました、私、ジュリといいますの」
「ジュリさん、ヘレンと申します」
ヘレンが一礼すると、ジュリはにこにこと笑みを浮かべながらノアを見た。
「坊ちゃん、こんないい子、どこで見つけたの」
「……言うつもりはないぞ」
「あらぁ…なら今度エルサ様がいらっしゃったときにでも聞きましょっと」
「…ジュリさんは、エルサ様とも…?」
「そうなのよ! エルサ様とザクセン様の結婚指輪は私が用意したの!」
それは、とても長く親しい間柄だということがヘレンには理解できた。そしてそれと同時に、そのような店にノアが連れてきてくれたことに、どくりと体が熱くなった。
「あー……それで、何かいいものはあるか?」
「えぇ、えぇ! もちろん! ヘレン様は綺麗な黒髪に素敵な青い瞳をしていらっしゃいますからね! これとか、これとかどうかしら?」
「ん……悪くない。他には?」
「そうねぇ……ちょっと待っててね」
ジュリはそう言うと、また店の裏へと姿を消す。ヘレンはジュリが持ってきてくれた宝石を見て、心底驚きそして慌ててノアの袖を先ほどより強く引っ張った。
「何だ、ヘレン?」
「の、ノア様っ…こんな、高価なもの…!!」
そこにあったのは首飾りと耳飾りが鎮座していた。銀のチェーンに、青い宝石と薄い紫がかった宝石が品よく並んでいる。どうみてもヘレンの給料で払えそうにない逸品だ。
「気にするな。私が贈りたいんだ」
「で、でも…!」
ジュリも男の矜持だと言っていたが、本当にいいのだろうか。自分は、何もノアに返せないというのに。そんなヘレンの心情を読んだのか、ノアは苦笑いを浮かべた。
「…好きな女性に贈り物一つできない情けない男にしないでくれ」
「っ……!」
いつもはキリっとしているのに、今のノアは少しだけ目じりが下がっていて、なんというか、可愛らしくヘレンの目に映った。年上の男性にそんなことを感じるはずないと思っていたが、現実として今のヘレンの目にはノアがそう見えた。
「……ぁ」
「ヘレン」
「……ぉ、ねがい、します…」
何も言えなくなったヘレンは、顔を真っ赤にしながらも小さく頷いた。
「まぁまぁ、なんて可愛いのっ」
「おい、お前、出羽亀もいい加減に…」
「いいじゃないのぉ、初々しくて、可愛いわぁ」
そんなヘレンとノアを、ジュリとその旦那がそっと見ていることに、二人は気づかなかった。




