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「お初にお目にかかります、自分は警団のゼニアです。よろしくお願いします、ヘレン嬢」
「ゼニアさん、よろしくお願いします」
ジェシカとの一件から五日後、ヘレンに自警団から一人の団員が派遣された。ゼニアと呼ばれた女性は、自警団の中でも腕が立つほうらしく、マーカスの推薦もあってやって来てくれた人だ。
「屋敷での警護は致しませんが、外出される際は最優先で警護させていただくことになります。その為、一週間の予定を前もってご連絡ください。あと、急な外出の際には必ず連絡をしていただき、自分が来るまで待っていてください」
「わかりました。えっと、急な外出の際はどのように連絡をすれば……」
「この子を置いて行きます。鷹のノックスです。長距離には向かない子ですが、ここから自警団程度の距離であればとても優秀な子です」
ゼニアはそう言いながら鳥籠を見せてくる。中には小柄の鷹が大人しくしていた。目がくりくりとしていて可愛らしい。
「それと、こちらはミーシャ副隊長から預かりましたお手紙です。お納めください」
「ミーシャさんから…? ありがとうございます」
ヘレンは渡された手紙を開く。
―――愛らしい花の妖精のようなヘレン嬢へ
「………」
―――この度、ヘレン嬢の警護に名乗り出ましたが、色々とあった結果、お傍にいることが出来ずに申し訳ありません。叶うなら、貴女の傍にずっといることができれば良かったのですが、非常に無念です。
しかし、派遣したゼニアもとても腕のいい隊員ですので、ご安心ください。
いつか、妖精のような貴女と町歩きをする栄誉を頂ければ幸いです。
貴女に心奪われた一人、ミーシャより
「…………」
ヘレンは無言のまま手紙をしまった。今なら、ノアが心配していたことが少しだけ理解できる。そして、このような情熱的な手紙をもらった女性が喜ぶ気持ちも。
ちょっとだけ火照った顔を隠すように、ヘレンは顔をそむけた。ゼニアは分かりますと言わんばかりに優しい笑みを浮かべる。
「……ゼニア、さんは、ミーシャさんと…?」
「はは、自分はあの方に心酔した一人です」
ゼニアは明確な答えを言わなかったが、それでもその瞳にある確かな感情に、ヘレンは更に赤くなった。
「あぁ、恋人というわけではありませんからね。ただ、たまにデートをしていただくくらいで」
「で、でーと」
ヘレンは、自分の知らないだけで世間は同性同士でデートをするのかと、一人驚いていた。だとすれば、ミーシャからの手紙も普通のことなのだろう。一人で勝手に恥ずかしがってしまった。
「そうなんですね。分かりました」
「今日は如何されますか? 挨拶兼ねて伺わせていただいたのですが、もし外出のご予定があるのであればこのまま付き添います」
「えぇ…今日は外出の予定はないんです。ノア様の補佐をする予定なので」
「左様でしたか。ではお忙しいのですね。私はこちらで失礼いたします」
「あ、少しだけお待ちいただいてもよろしいですか?」
「? もちろん構いませんが」
「ミーシャさんへの返事をすぐに用意するので……」
ヘレンの言葉に、ゼニアは笑みを浮かべた。
「ものすごく喜ぶと思います。では、こちらで待たせていただいても?」
「はい。お茶の用意をしてもらいますね」
「お構いなく」
ヘレンは部屋に戻る途中で見つけたアイリスに、来客へのお茶をお願いする。そして急いで部屋に戻り、ノアがくれた綺麗な紙にミーシャへの返事を書いた。
*****
「今日は立ち会えなくて済まなかった。ゼニアが来たそうだな?」
「はい」
その日の夕食、ヘレンはエルサを除くヴィノーチェ家と執事見習いのベン、侍女のメイとフィーと夕食を囲んでいた。
新しい人物の名前に、ターニャとエメリオが騒ぎ出す。
「誰? 新しい人来るの??」
「僕も会いたい!」
「二人とも、はしたないぞ。それにこの屋敷で働くわけではない。外出の時に護衛してもらうんだ」
「護衛?」
「そうだ。最近物騒だからな」
「「ふーーん」」
屋敷に来るわけではないと知った二人は、一瞬で興味を失ったのか目の前の食事に集中し始める。エメリオがきょろきょろしながら、皿のはじに人参を除けるのをメイが目ざとく見つける。
「エメリオ様、好き嫌いはなりませんわ」
「!!」
「エメリオ、まだ人参が嫌いなのか」
「そ、そんなことない!」
「なら、食べられるな?」
「~~~っ」
「お兄さま、エメリオはまだ人参が嫌いなのよ」
「ターニャねーさま!」
「何よ、本当のことでしょ」
一瞬で騒がしくなる夕食の席に、ヘレンはうっすらと笑みを零した。そうだ、自分が望んだ家族の形は、こういったものだった。
「エメリオ、好き嫌いをすると大きくなれないぞ?」
「っ」
「そうよ、お兄さまみたく立派な殿方になれないわよ?」
「~~食べるよ!!」
エメリオは目をぎゅっと瞑り、人参を一思いに口に入れる。ろくに噛まないで飲み込んだせいなのか、それとも嫌いなものを食べたせいなのか、飲み込んだ後エメリオは涙目になりながら水を飲みほしていた。
「よくやったな、偉いぞ」
ノアが褒めると、エメリオは目じりに涙の後を残しながらもに、と笑った。
「でしたら、ターニャ様もお嫌いなピーマンを食べられますね?」
「っっ!! ふぃ、フィー!!」
「ねーさま、ピーマン食べられないの!? 僕にあんなに言うのに!?」
「う、うるさいわね! 苦いんだもの!」
「ず、ずるいーーー!」
「ふふっ」
「「「?」」」
貴族の夕食の席に見えない光景は、ヘレンの笑いを誘った。温かい席だ、この上なく。かつてのマイヤー家での食事が暗いというわけではない。だが、何かがおかしかった。自分が幼いころはマナーばかり気にして、味の善し悪しなんてものはわからなかった。アンドレアスも一緒に摂るようになると、今度はマナーを気にしない、嫌いなものは食べさせない状況に酷くやきもきした。
でも、あの家の家族は、誰もヘレンの気持ちをわかってくれなかった。……ただただ、心配だから言っていただけなのに。
あぁ、羨ましい―――。
「ほらーーーっヘレンに笑われちゃったじゃないの!」
「でしたら、今度から隠すのはおやめくださいませ」
「そうだそうだ!」
「エメリオーー!」
「みんな、騒がしいぞ。ほら、食べなさい」
ヘレンは笑った。笑いながら、心の中で泣いた。羨ましくて、羨ましくて。そして、その場に自分がいることに喜びと、微かな罪悪感を感じて。
きっと、あの家は今も変わっていないのだろう。それはそれで幸せなのかもしれない。でも、ヘレンが望んだものは一時の幸せではないのだ。
いいなぁ、とヘレンは言葉にしないまま思った。こんな、家族が、欲しかった、と。
「さっきは話が聞けなかったが、ゼニアとは問題なさそうか?」
「はい」
夕食後、ノアはヘレンを晩酌に付き合わせていた。ノアは前も飲んでいた酒を。ヘレンはブランデーを数滴落としたホットミルクを。以前はヘレンの理性を解くために飲んでもらっていただけで、トンクスにはヘレンが飲める用の果実酒を手配してもらっている。が、まだ手元に届いていない。
「それにしてもノア様、ミーシャさんはとても素敵な方ですね」
「……!? ミーシャは今日来ていないはずだろう?」
「え? えぇ…。でもお手紙を頂きまして」
「手紙?」
「はい」
ノアはヘレンの少しだけ赤い顔見て、表には出さないものの少しだけ焦っていた。
「ま、まぁ、悪いやつではない。だが、気をつけろよ」
「? 気を付けるとは、どのように……?」
「……前にも言ったと思うが、やつの恋愛対象は同性だ。まぁ、ヘレンが構わないなら、いいん、だが……だがな…」
「? 世間では同性同士のデートは普通ではないのですか?」
「!? 誰情報だ?」
「ゼニアさんが、ミーシャさんとデートをする、と……」
「ゼニアめ…」
ノアはこんなところにも落とし穴があったか、と頭を抱えた。ゼニアがミーシャに心酔していることは、マーカスから聞いていた。しかしマーカスも知らないところで二人も関係しているようだ。…ヘレンはデート――外出――だけだと思っているようだが、そんなわけないだろうとノアは思っている。
悪いとは思わないが、ヘレンは預かっているご令嬢だ。その彼女の新しい扉を、知らぬうちに開かれるわけにはいかない。
「……ヘレン、デートというが、買い物だ。彼女たちは仲のいい同性と外出することをデートということがある。だが、ミーシャと行くなら私も行くからな」
「? はい」
分かっていないヘレンは、首を傾げながらも頷く。本当に、心配だ。しかも相手は百戦錬磨といっても過言ではないミーシャ。初心なヘレンはすぐに食われてしまう。
簡単に想像できる未来に、ノアは酒を煽ることで落ち着かせる。
「それはそうと。ヘレンがここに来てからもう三か月以上が経ったな」
「はい」
「これからのことを、そろそろ話し合いたいと思っているが、構わないか?」
「はい」
ヘレンは、ノアが思う以上に有能だった。少なくとも、領主補佐や、城での文官の補佐であれば問題ないだろう。
「とりあえず、私が今ここで言えるのは、ここでも他の領主のところでも、補佐であれば問題ない。同じように、カロリアンの城の文官の補佐も問題ない」
「あ、ありがとうございます…!」
「このことは母上に伝えておく。近々こちらに戻ってくるようだから、その時に話し合うといい」
「……はい」
ノアの言葉に、ヘレンは少しだけ不安を滲ませながらも頷いた。わからなくもない、と思う。ヘレンは、今でもバーゲンムートの貴族令嬢だ。逃げてきたとはいえ、除籍されていないと聞いている。彼女の実家が彼女をどうするつもりなのか、ノアは知らない。さらに言うのであれば、ヘレンがこの先どうしたいのかも知らない。
だが、その助言をノアがすることはない。自分で決めなければならないからだ。他人に決められた道で失敗したとき、それを理由にして腐るのはよくないとノアは思っている。特に、ノアは赤の他人で、責任を取れる立場にない。
母、ヴィノーチェ公爵であれば、ヘレンに何かがあってもある程度責任が取れる。しかし、今のノアは後継者でしかない。その自分が、公爵である母の意志を無視することはできない。
「とりあえず、今後の身の振りをゆっくりでもいいから考えるといい」
「―――はい、分かりました」
でも、少しだけでもいいから、彼女の力になりたいと思わなくもない。だから。
「……もし、何か困ったら、相談してくれ。解決できるかは分からないが、話すことで考えがまとまることもあるからな」
「っ…ありがとうございます」
ふわりと微笑むヘレンに、ノアは同じように笑みを返した。




