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Everlasting  作者: 水無月
見えぬ先

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 アレックス・ファフニール。ファフニール伯爵家の一粒種で、現在二十歳。柔和な顔立ちをし、空気も柔らかいと評判の彼は、夜会に出れば令嬢たちの視線を集めていた。


 ファフニール伯爵家は、マイヤー伯爵領と隣接しており、海辺に面している。何代前まではとても裕福な土地だった(・・・)

 現在は、そうではない。

 現ファフニール伯爵夫妻は、人がとてもよかった。困っている人がいれば金を簡単に貸した。人を疑うことを知らない夫妻だった。どうして先代からこのような息子が生まれたのか不思議だったが、結果として夫妻は困窮するようになる。嫁いだ当主の妹たちは兄を何度も諫めたが聞かなかったため、彼女たちは彼女たちの生活を優先させた。

 そんな裕福な時と、貧乏な時を幼少期に、アレックスは育った。


 しかし、一粒種である彼を、両親は甘やかした。幼少期には何でも買い与えた。貧乏になっても、一番いいものを彼に与えた。家では常に王様のように扱われる彼は、一歩外に出れば没落貴族と陰口を叩かれていることを知らなかった。自分が恵まれた人間だと思い込んでいた彼は、そうでないことを知り、それは彼を歪ませた。


 そしてアレックスは、野心家になった。かつての栄光を取り戻すべく。

 


「おい、レックス、よくマイヤー家と婚約できたな!」

「やぁ、嫉妬かい?」


 アレックスは行きつけの飲み屋で、顔見知りに絡まれた。その男は無精ひげを生やし、お世辞にもきれいな身なりとは言い難い。むしろ、ならず者というような印象を抱かせる男だった。だが、その男にアレックスは柔和に話しかける。親しみすら伺えるほどだ。


「バカ言え。おめーみたいのと結婚するお嬢ちゃんを哀れに思っているのさ」

「酷いなぁ…長い付き合いだろう?」

「ハっ! イイオトモダチだなぁ?」


 男はどかりとアレックスの正面の椅子に勢い良く腰掛ける。それを認めたアレックスは、懐から小さな袋を出し、それを男に放り投げた。


「おいおい、結果も聞かないで渡すなんて、いつのまにそんなに気前がよくなったんだ?」

「長い付き合いだといっただろう? お前が失敗していれば、ここに来ないことくらいわかるよ」

「……ちっ、相変わらず食えない坊ちゃんだぜ…とりあえずお前に付きまとっていた女は穏便(・・)に引き下がるよう言っておいたぜ。何人かはグダグダ言っていたがな。まぁ、もう来ることはないだろ」

「いい仕事をしてくれたようで安心したよ」

「…けっ、どの女も、てめーみたいな男のどこがいいのか」


 男の蔑んだ声音に、アレックスは笑みだけを浮かべる。

 アレックスは、女癖が酷く悪かった。女が好きなわけではない。ただ、弄ぶ対象としてしか見ていないのだ。金を持っている熟女であれば金を落とさせるし、初心な小娘であれば王子様気取りで自分に夢中にさせる。それだけの顔と、器量がアレックスにはあった。

 しかし、カレン・マイヤーと婚約をするのであれば、その事実は望ましくない。

 かつて遊んだ女たちには沈黙を保ってもらわねばならないのだ。


「それにしてもよぉ、全員じゃなくてよかったのかよ?」

「あぁ。金蔓は確保しておきたいしね。カレンと結婚して落ち着いたら会いに行くつもりだから」

「かーっ、クズだな」


 アレックスの今の立ち位置は簡単だ。家の再興のため、支援金のために好きでもない女を娶る哀れな次期当主、それがアレックスの書いた自身の筋書きだ。

 カレンは確かに可愛い。だが、アレックスには物足りないのだ。


「……妹より、姉のほうが好みだなぁ」


 アレックスは脳裏に思い浮かべる。凛とした佇まい。病に倒れていたなど感じさせない瞳の強さ。そして妹にはない、どこか暗澹とした空気。触れれば壊れそうなのに、そうと見せようとしない矜持。

 あぁいった女を屈服させるのは、とても楽しそうだ。


「おいおい、本当に気持ち悪いカオだな…。てか姉のほうが好みなら姉と結婚すればよかったんじゃねーの?」


 男の普通すぎる言葉に、アレックスはとろりと微笑みを浮かべた。見る人が見れば、恋に落ちてしまうかもしれない。だが、目の前に座っていた男は、ぞわりと鳥肌をたたせた。


「それじゃあ、面白くないだろう…?」


 そうだ、面白くない。病持ちの姉は、自分がまともな相手に嫁げるなんて考えていないだろう。その彼女を、自分は優しさから我が家においてやるのだ。きっと妹も自分の優しさに感涙するだろう。

 そうして、二人を自分から離れられなくしてやるのだ。そうすれば、マイヤー家もファフニールを無下にできまい。


 くすくすと笑いを零すアレックスを、男は化け物を見るような目で見ていた。






*****






「ヘレン!」

「……イライアス様?」


 イライアスは、ようやくヘレンの姿を見つけ、よくないとは知りつつも大声で呼び止めた。


「こんにちは、イライアス様」

「あぁ、ヘレンにマリ、なかなか屋敷で見かけませんね。元気にしていますか?」

「はい。イライアス様こそ、お疲れになっていませんか? うちのものが迷惑をおかけしていたのであれば申し訳ございません」


 伺うように自分を見てくるヘレンに、イライアスは距離がある、と漠然と感じた。何が、と正確には言えない。今までと同じように自分の心配をしてくれている。なのになぜだろうか。ヘレンが遠くに感じるのだ。


「ヘレン、久々に二人で話がしたいのですが」

「え…そう、ですね、なら、午後のお茶の時間で如何でしょう?」

「構いません。どちらに伺えばよろしいですか?」

「その時間になったらマリを向かわせます。お部屋にいていただいてよろしいですか?」


 イライアスはヘレンの言葉に了承を返す。午後のお茶の時間というと、あと三・四時間といったところだろう。下手にカレンやアンドレアスに見つかると捕まってしまうと考えたイライアスは、ロドリゲスに頼んで鍛錬できる場所に案内してもらおうと考えた。




「―――っふ!」


 息を、吐く。腰に重心を。足は軽快に動かせるように。ただの素振りでも、意識を集中させれば汗をかく。イライアスは久しぶりにかく汗を心地よく感じながら、無心に模擬剣を振りかぶっていた。


「――――」

「―――、――――――」

「……?」


 不意に聞こえてきた音に、イライアスは素振りをやめる。ロドリゲスからは、人気のない場所で、使用人でさえもほとんど来ないと聞いていた場所だというのに、いったい誰だろうか。

 声からして、男女のようにも聞こえる。

 イライアスは本来聞き耳を立てるのも盗み見るのもよくないと知りつつも、マイヤー家で何かが起こっていてもよくないと自分を正当化し、そろりと近づいた。


「……っ」


 そして見えた二人の人影に、息をのんだ。


「アレックス殿。ですから、カレンとの婚約を辞退してほしいのです」

「ヘレン? 何を言っているんだい、カレンからきた話だよ? 妹に結婚してほしくないのかな?」

「……わかっていて言っているんですね」

「なにを?」


 殺伐とした空気に、イライアスは身を固くする。間に入るべきかどうか迷った。


「貴方を調べさせていただきました」

「それなら、伯爵様もされていると思ったけど?」

「えぇ…巧妙に隠してくれたおかげで、お父様は貴方をとても評価されていました」

「すごい言い方だね、ヘレン。妹の未来の夫に対する言葉とは思えないな」


 アレックスのその態度に、イライアスは彼が猫を被っていたのだと理解する。しかし、貴族ともなればそういった人間が大多数だ。どうしてヘレンがそれを調べ上げ、彼に詰問しているのだろうか。


「…話してくれる方はいましたよ。いくら脅されようとも」

「……」


 その瞬間、アレックスの柔和な空気が変わった。先ほどまでの柔らかい雰囲気は消え、今にも手が出るのではと勘繰るほど冷たい。


「……どうやら、優秀な方に依頼されたようだ」

「えぇ、とても」

「それで? 君の望みは何かな」

「先ほど話した通り、カレンとの婚約を辞退してください」

「それは、君が勝手に話していることだろう? カレンは納得してくれるのかな」


 イライアスは話の欠片から、アレックスが後ろめたいことをしていて、それを知ったヘレンがカレンを守ろうとしているのだと気づいた。つい最近まで療養していたヘレンが、どうやってそれを知ったのかはわからないが、心強い味方がいるようだ。


「カレンは私の双子の妹です。ちゃんと話せばわかってくれるはずです」

「―――そう。なら、話してみるといいよ?」


 アレックスの尊大にもとれる態度に、ヘレンは落ち着き払ったまま静かに彼を見つめている。どうやら何事もなく話が終わりそうだと考え、イライアスは来た時と同じように静かにその場を後にする。

 ヘレンのカレンのことを守りたい気持ちはわからなくもないが、あそこまでけん制する必要があるのだろうか。確かに法に触れるようなことをしているのであれば、けん制どころではない。だが、伯爵が綿密に調べて何も出なかったのだ。きっとそこまで酷い内容ではないだろう。

 ヘレンはかつて女領主として勉強をしてきた身、だからこそ許せなかったのかもしれないが、大人になれば綺麗事では済ませられない現実を知るだろう。

 イライアスはそう考え、鍛錬を終えて与えられた自室へと戻っていった。






「それにヘレン、君のほうこそ大丈夫なのかい」

「何がですか」

「だって、ほら、きみ、病持ちだろう?」


 区切りながら強調されて言われるそれに、ヘレンは苛立ちを覚えた。しかしそれを見せることはしない。相手の土台に上がる必要などどこにもないのだから。


「…完治しましたが」

「そう…でも、そんな君を欲しがる貴族なんて、いるのかな?」

「そこは父である伯爵に一任しておりますので」

「へぇ…なら、私がもらってあげてもいいよ?」

「は?」


 ヘレンは自分の耳がおかしくなったのかと思った。しかし目の前のにやにやとしている男の表情を見る限り、そうではないようだ。

 そしてアレックスが発した言葉の意味を考え、頭がくらりとした。


「下手すれば君は誰にももらわれず、マイヤー家のごく潰しになってしまうのだろう? だったら、カレンとともに我が家にくるといい。二人ともまとめて可愛がってあげよう」

「―――っ貴方は!!」

「ははは、怒った顔もいいね。そそる。でもね、ヘレン、君がここでの話を家族に話したとして、いったい誰が信じてくれるだろうね?」

「っ……絶対に私のことを信じてくれる…!」


 ヘレンは本気でそう思って発言し、そして言い放ったそれが戻ってこないことにかすかに恐怖を覚えた。いや、でも、信じてくれるはずだ。だって、自分は長女なのだから。この目の前の男より、ずっと長く一緒にいたのだから。




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