手の中へ
「…………ここは」
「ミリスっ!」
随分と枯れてガラ付いた声だ。
奪還から三日、ようやく目を覚ましたミリスに喜びシフィーは声を上げる。
寝た状態から体を起こし、体を支えるため腕を突っ張ろうと――――そこで、己の欠損に気づいた。
バランスを崩して倒れ込み――――急ぎ肩を支え、改めて起き上がらせ、唖然とするミリスを抱く。
「あれ、手が何で――――」
「守り切れなくてごめんなさい、不甲斐なくって、遅くなってごめんなさい――――でももう大丈夫。今度こそ、絶対に離さないから。だからもう安心していいの」
言葉の一切が耳に入らない。
壺に込められた中で聞こえた、ローパーの触手が粘液と絡み蠢く音と、反響する自身の嬌声と絶叫のみが永遠脳内で響き続けている。
「暫くはすっくり休んで。戦いなら私が――――――――」
言い終えるより先、ミリスは吐いた。
何も食べておらず空っぽの胃で、胃液のみを吐き出した。
吐き気の次には頭痛が訪れる。
激しい片頭痛と、捻じ曲がる視界。
そして幻痛の様に、触手の感覚が再現される。
パニックで呼吸は荒くなり、酸素が足りないせいで脳は正しい現状を理解することも不可能。
だんだん暗くなる視界、思い出されるのは一瞬が永遠に思えた壺の中だ。
何度も祈った、今すぐに助けるか殺すかしてくれと。
元は短時間で漬物を作るために考案された、内部の時間が加速された空間。
外で一時間経つ内に一週間が過ぎる、そんな場所に込められ、気を失うことも許されず凌辱される事二十四週間以上。
狂ってしまうには充分過ぎる時間だ。
「そう、まだなのね――――今度こそすぐに助けてあげるから」
ミリスは現状、長時間培われたトラウマを脳内で鮮明に再現し、存在しない触手に凌辱されている。
その状態から救い出すには長時間かけて安心を取り戻させるか、恐怖を他の何かで上書きしてしまうか。
すぐに助けると誓ったからには手は一つ。
シフィーはこの日、初めてミリスに殺意を向けた。
メリュジーヌに対して湧き上がる思いを魔力に乗せ、耐性の低いものなら泡を吹いて倒れるか死んでしまう程鋭くぶつけ。
するとミリスは総毛立ち、敵を振り払うように右腕を振るった。
それを抑えてベッドに押し倒し、マウントを取る。
殺意を持った相手に負け、やっと死ねるという安堵と恐怖は病に対する特効薬の様に染みわたり、一瞬ミリスに冷静を齎し。
その一瞬は、シフィーの顔を認識するのに足りうる一瞬だった。
「ミリス、目を覚ましなさい――――大事な話があるのよ」
「シフィーさん、どうして――――――――」
「もう帰ってきたのよ、ここは安全。貴女は安心していいの」
マウント状態から抱きついて、回復への安堵に思わず涙が流れる。
よかった、ごめん、おかえり――――言いたかった言葉が全て流れ、涙の勢いが増し啜り泣く。
それに不安も恐怖も一切が失せてしまったミリスは、気が抜けてため息を一つ。
欠損と万全の両腕でシフィーを抱きしめ、生還を実感した。
「ただいま、シフィーさん」
最早数秒前までの調子は影も残らず――――ミリスは帰って来たのだ。
安心出来る人の元へと。
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