魔王軍
魔界に踏み入ると、刻印術が反応――――シフィーはミリスの位置情報を捕らえた。
それと同時に魔力形式・ 10thを発動。
「首を切る天の巫女、枯れ腐ったカサブランカ――――禍殃、死刻、天の桟橋。遍く王は失明し、泣けどあやさず殺す乳飲子。重ね砕き飲み込み吐き出し、祈りの母が賽を取る」
エルドラが力み、シフィーの背に手を添える。
今すぐにでも駆け出せる様に、全速力を溜めた。
「――――堕胎王片閃黒」
瞬間、駆け出した――――フリートの魔王城に開いた風穴目掛けて一直線だ。
「分かってるな、タイムリミットは三十分ぞ!」
「ちょっと助けてついでに滅ぼすだけよ。十分もかからないわ――――魔力形式・7th」
呼ぶも翼は現れない。
背に朧げな魔力の形を作り、完成を次に託す。
「比翼の烏合、四重の合奏――――我が身窶して枢とし、大気を裂くは革命の一矢である」
普段ならば詠唱を挟むよりもナンバーだけ呼ぶ方が瞬発性と小回りを両立出来る。
だが今の様な一直線の速さを欲すれば、こうなる。
「四剛の翼」
四枚の翼が現れる――――その全てで羽ばたき、浮き上がり。
駆け抜ける勢いを一切殺さぬまま飛び出した。
足に掴まるエルドラを巻き起こる爆風に巻き込みながら進み、目標まで十キロはあろう道を二十秒足らずで潰した。
結界が再生するより早く侵入して、翼を消し。
魔王城内部を突き進み、現れた敵を次々と蹴散らして行く。
そうして辿り着いた刻印術の存在する位置――――薄暗い物置部屋で発見したのは、切断されたミリスの手であった。
「やっぱり追跡用だったのね――――危険を冒してまで助けに来た仲間と感動の再開、どんな気持ちかしら?」
「お前は…………何を言って…………」
「吞まれるなシフィーよ――――」
言うも、再度目の前に現れたメリュジーヌに夢中で耳に入らない。
部屋の中にフェロモンの甘い匂いが充満し、既にいくらか吸っている――――だが、効力は皆無だ。
このフェロモンは、嗅いだ者の性欲を増幅させ、それ以外の脳から放たれる信号を阻害するという代物。
通常ならば相手に匂いが届いた時点で勝利が確定するものの、今は相手が悪かった。
方やエルドラは、パートナーの死によって未だ失意の底。
方やシフィーは、性欲も食欲も睡眠欲も、生存欲求すら掻き消してしまう様な怒りに吞まれている。
一切フェロモンの影響を受けないシフィーは魔力を放ち、近辺に居る雑魚を一斉に無力化。
メリュジーヌ目掛け襲い掛かった。
「レディー、こちらへ」
よく響く低音だ――――襲い掛かりざま物置部屋から出たシフィーが見たのは、メリュジーヌの傍に居る三人の敵。
声の主である骸骨、不死の王。
その隣に居るドリアードと、体に鱗を生やした男。
雑魚ではない、皆メリュジーヌ並みかそれ以上。
にも拘わらず一切の警戒と慎重さを欠いて戦闘に入ろうとするシフィーが、ひょいっと持ち上げられた。
「ここで出て来たならば勝算あっての事。逃げるぞ」
「私なら負けないわよ」
「問答無用じゃ」
空間を開けて、城内の適当な位置へ繋ぎ。
敵を一瞥した後飛び込み、空間を閉じる。
「まさか、私が負けるとでも――――」
言葉の途中、エルドラがシフィーの頬に掌を振るった。
パンっと音が響くと続いてため息を漏らし、目を合わせ言う。
「我らがここに来た理由をもう忘れたか――――不要な戦闘は避けよ、ミリスを探す事だけ集中するのだ」
「うん」
「自分で走れるな?」
「うん」
「怒りは原動力に変えよ」
「…………うん」
魔界侵入と同時の初撃で敵には見つかっている。
手がかりは途絶え、ミリスの負傷も発覚。
残り時間は二十分だ。
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