群れの長

　北部山脈山頂付近――――無詠唱で放たれた魔力形式(マジックフォーム )・ 10th(テンス )によって雲が裂かれる。

　ベスターとの鍛錬開始から二月が経ち、接近戦でも簡単には負けに様になり始め。

　

　城付近から戦闘しながら移動し、時には海を越えてここまで。

　相変わらずぼーっと眺めるミリスとサレンが、退屈そうだ。

「いい加減俺一人と戦り続けるのも飽きたろ――――おいミリス、お前変わってみろ！」

「ハイですわっ！」

　絶えず足元で燻り続けていた白亜の炎が一瞬で増し戦闘態勢へ。

　炎圧で一気に飛び上り、ベスターとシフィ―の間に入り――――手始めに、振るわれていたシフィーの拳を受け流す。

「私(わたくし)、ようやっとシフィーさんの足を引っ張らず、共に戦えるレベルになりましたわよっ！！！」

「手が震えてるわよ」

　当然だ――――魔力による防御があろうと、直撃すれば死にかねない威力の攻撃に飛び込んだのだから。

　受け流してなお残る衝撃は手に痺れをもたらし、未だ消えない恐怖と達成感により顔や掌、脇、脚から汗が流れる。

　

　だがそんな汗も即座に蒸発させてしまう――――手首から先に、陽炎を連想する程薄く白亜の炎を纏わせ、シフィー目掛けた貫手を放ち。

　結果としては、ミリスが突き指。

　以前サーニャにキスで魔力を流し込んだ時の感覚を思い出しながら、魔力を乗せた息で白亜の炎を消火。

　指先に魔力弾を作ると、ミリスの耐久を信じてデコピンで打ち出した。

「痛ってえけれど…………効きませんわよ！」

「魔力形式(マジックフォーム )・2nd( セカンド)」

　耐え、威勢よく啖呵を吐いたもつかの間。

　胴に巻き付いた魔力の鎖が振るわれてミリスを投げ飛ばす。

　それを眺めるベスター、サレンの表情は楽し気。

　自分の力を使う他者、健やかに育つ若者の姿。

　どちらも老人からすれば夢のような景色だ。

　

　

「まだまだ下手だが、まあなんとか使えるレベルか」

「貴方、面倒見がいいのね」

「獣人の群れを重んじる習性は俺譲りだぞ」

「それもそうね」

　鎖に白亜の炎が迸る。

　シフィーは自分に燃え移るより早く鎖を捨て、一度着地。

　足元に降り積もる雪へと魔力を流し、辺り一帯を魔物に変え――――自立する大砲達が一斉に雪玉を放つ。

「…………前がっ！」

　白亜の炎により一瞬で溶けた雪の蒸気が、ミリスから視野を奪う。

　蒸気を抜けた先て着地して首を振るもシフィーの姿がない。

　急ぎ魔力を広げて探索を目視から魔力探知に切り替えるが、もう遅い。

「わっ、すべすべですわ」

「どうもね」

　気付いた頃には、上から降って来たシフィーの両太ももがミリスの首を挟んでおり、そのまま投げ。

　プロレス技のフランケンシュタイナー――――またの名を、幸せ投げとも呼ぶ。

　受け身も取らず、雪に頭から突き刺さるミリス。

　負けはしたものの本望らしく、地中より気色の悪い笑い声を上げている。

「まあ並の戦場で困らねえ程度には出来上がったな――――いいかシフィー。お前みたいな奴に許された接近戦は二つ、継戦と短期決戦だけだ」

「ん、どういう事？」

「お前の強みは遠距離から一方的な一発だろ。それがずっと敵から手の届く位置で戦ってみろ――――斬、拳、脚、受け、避け、他にも無限の選択肢を選びながら遠距離用攻撃をタメるなんてのは強敵相手じゃあ現実的でねえ」

　

「あ～つまり、決め手を出すのは離れたときって決め込んじゃおうって事？」

「まあ、継戦の方はな――――短期決戦はその真逆だ。いっそ遠距離に逃げる動きなんかを全部ブラフにして、近づいたら直ぐ倒しちまおうって話で。その点に関しちゃあ今回お前は良く出来てた。乱入してきたミリスを相手にタメの無え技で距離を取ってから魔法で目を潰して、急接近、トドメと。上出来だ」

　

「つまり…………終わり！」

「じゃねえよ」

　

　シフィーのテンションがあからさまに下がる。

　最近は起きては戦い、飯を食っては戦い、戦っては戦いと同じ内容の日々が続いていた。

　年頃の娘としては、どうしても飽きてしまう。

「まあそうだな、一日ぐらい休みをやってもいい」

「ホントに！」

「ああ。嘘は言わねえよ――――この山を少し下った場所に、昔群れの奴らが掘り当てた秘湯がある。ミリスでも連れて行ってやれ」

　言うと、ベスターは食料を狩るべくどこかへ消えて行ってしまった。

　短期で短慮ながら、日々とっかえひっかえに群れを作っては率いるだけはある教育の才。

　シフィーは着実に、弱点を克服しつつある。