古い蜜
「ダンジョンに向かう訳じゃあないのね」
「まだ出ないのよ――――あの場所は新月の晩にだけ現れる。忌々しいわ」
「嫌そうだけれど、クルスというのはそこまでして取り戻さなければいけないものなの?」
「ええそうよ」
辺りの様子を見てくるとジュエリーが離れ、シフィーはこの廃協会にある寝床へと案内されている。
だがサーニャの言葉はどこか素っ気なく、先程までの様な気軽さはない。
「私、何か気に障る様な事でもしたかしら?」
「ぶしつけね」
「遠まわしに探る様な場でも無いでしょう?」
「…………そういう所もよ」
不機嫌を前面に押し出して答えた。
だが不充分――――それが分かってか、サーニャは大きなため息を漏らした。
「その顔も、声も、体も歩き方も、全部が私の癪に障るわ――――ママンにそっくりなんだもの」
「そっくり? 私ジュエリーと似てるだなんて思った事ないのだけれど――――」
瞬間、シフィーの喉笛に真っ赤な槍の鋒 が当てられる。
シフィーの様な魔力の赤ではない、血の黒に近い赤だ。
「ふざけないで、メリーの事よ」
「メリー? 確か私のお母さんって人よね? それに貴女、さっきはジュエリーをママンって…………」
「私のママンは二人なのよっ!」
叫ぶと、全身を霧に変えてどこかへ消えてしまった。
元居た場所には僅かに魔力の痕跡が残っており――――僅かだがシフィーと似ていた。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「そうか、やはりサーニャはテメェさんを気に入らんかったか」
シフィーは周囲を回って帰って来たジュエリーに問い詰める。
それに対しての反応はこの通り、いつもと変わらず全てを見透かした様な態度だ。
「説明、してくれるんでしょうね?」
「仕方ないのう…………以前、儂ら始祖についてはどこまで説明した?」
「五人居て、それぞれが眷属を作ったのが人類の始まりで、あとは全員が不死身ってとこまで聞いたわ」
「うむ、憶えておるな――――これはその先の話じゃ」
どこか遠い目をしながら話を始める。
数秒前までの軽薄さはどこへやら――――表情に真剣さが混じる。
「そもそも、始祖の誕生秘話はまだ語っておらぬな?」
「ええ」
「ではそこから――――儂らはこの世界が作られるよりも早く、虚空に今で七星龍と呼ばれる奴らがだけが存在していた時に産れた。全員が自我を獲得するのに百日と十日。ベスターの奴だけがちと遅れたんじゃな」
「それで、皆小僧扱いしてるのね」
「中身の方がデカいがのう――――まあそれからというもの、儂らは千年ほど好き勝手生きた。じゃがまあ龍含めて十二では環境に飽きが出る。という事で儂は眷属を作ることとした――――先ずは五人、それを見た他の始祖も儂を真似て五人ずつ、計二十五人の眷属じゃな。大体死んでおるが、稀に儂の作ったソロモンの様に生き残っておる奴もおる――――そしてサーニャは、メリーが五人目に作った魔族じゃ」
「じゃあ、私とは――――」
「おう、姉妹という事になるのう。目元なんかそっくりじゃ」
サーニャの姿を思い返す。
言われてみれば、確かに似ていないことも無いかもしれない。
「メリーの魔力は常に性質が変質し続けるという特徴があってのう、そのせいで眷属の性質も毎度変わる。その多様性が更に枝分かれした結果が、いまの魔族やら魔物魔獣の多様性を作っておる――――最初サーニャの体はゲルの様で、自立も不可能でな。それを不憫に思い、儂が追加で血肉と魔力を与える事でサーニャはようやく人として成立した」
「だから、ママンが二人なのね」
「それ以外もまあ色々あるが、大体そんな感じじゃのう」
「メリー、どんな人だったの?」
「そうじゃのう…………」
少し頭を悩ませる。
過去を回想し、何を話すか記憶を探る――――。
「――――しばし店に帰る。思い出したらムラついて来た」
「は? えっ!? ――――もしかして、そういう関係?」
言い残して姿を消したジュエリー。
ただ知り合いと母親の関係性について驚くべき情報を明かされたシフィーは、呆然とせざるを得なかった。
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