勧善懲悪
この日、アトランティス全域市民と観光客に対して外出禁止の王命が放たれた。
普段賑わう大通りは静かに、賑やかさの代わりとして死臭が漂っていた。
死体はない。
だが染みついている――――喪服の大行進に染みついた死臭が、潮風に乗って広がっていく。
先頭は王城にまで侵入し、王座の間へ。
ソロモンと睨み合うは、手に魔力封じの首輪と鎖を握るへリアルだ。
「よくもまあ、この数が潜んでいたものだ――――一応聞いておこう。玉砕と獄中、どちらを望む?」
「転覆…………っつったらどうする?」
「悪人ながら、天晴よ」
王座から動かぬソロモンの足元より魔導杖が現れた。
握ると先端を僅かに傾けて、二度床を打つ。
「さあ、その散り際を魅せてみよ!」
「お前ら、満喫してくれ…………!!!」
より深く傾けられた魔導杖先端に黄金の光が見えた。
その光はの先端から二本に分裂して伸び、その先で蛇が交尾するように渦巻絡まりあう。
「来るぞ…………!!!」
「この一撃を以て、開戦の儀とする!」
放たれたのは、要するに魔力弾。
だがその速度は光速に並び、常人ならば直撃後に自身が死ぬことすら気付けない。
だが快挙――――数多もの死線を潜り抜け、先日シフィーからも逃げ延びたへリアルの無意識が、そんな魔力弾を鎖によって打ち消させた。
瞬間、へリアルの後に続いていた者達が雄たけびを上げて突撃を開始。
殆どの者達は魔力弾の一撃にて死するが、たまに溢れ出すとソロモンを覆うドーム状の結界に当たり蒸発。
攻防一体のソロモンを前に、へリアル側の戦力は凄まじい勢いで減って行く。
王座に居る限りは完全無欠。
そんなソロモンの魔法を前に、嗤う一同は、背後にある何かを庇うようにして捨て身の特攻を行う。
「いいかお前ら、出し惜しみするんじゃあねえぞ」
誰かが叫んだその声に呼応し、応と返事が響いた。
行列の中から魔術が撃ち出される――――それら全てが結界に当たり蒸発するが、だからと言ってその行為を辞める事は無い。
蒸発する魔術を無駄撃ちし続ける。
その内一発が結界をすり抜けた。
それをソロモンは面白そうに魔導杖で叩き落とし、結界に異常がないかを確認。
魔術のすり抜けた位置には穴が開いていた。
破壊ではなく、ぽっかりとそこだけ魔力が消えた様に。
「成る程、確かにそれなら余の魔法に対応しうるな」
特攻を仕掛ける者達の中に、魔力封じの鎖を握る姿がちらほらと。
ソロモンがそれに気づくと、迷わず結界を解き。
代わりに空間への支配権を行使し、部屋にいる自分以外へ重みを課した。
鎖や首輪はその部分のみ重さを打ち消すが、所有者を開放するわけでない。
面の防御には点の攻撃を、点の防御には面の攻撃を。
それを戦闘のセオリーとして、ソロモンは世界を統治したのだ。
「どうした、このまま押しつぶさねえのか?」
「うむ、部屋を必要以上に汚したくはないのだよ――――それにここまでの努力だ。蟻の様に踏みつぶしては不憫であろう?」
「そりゃ杞憂だ」
「そうか。なら死ね」
脅しやハッタリではない。
確かにソロモンは重さを更に課す事で行列を一掃した。
ただ唯一、冷や汗を流しながらも無傷のまま立つへリアルを除いては。
「仕掛けはその喪服か」
指を弾き、魔術で炎を放って喪服を焼こうと試す。
人間が骨になる程度の火力だが、へリアルはその中を突き進んでソロモン目前へ到着。
鎖を振るうと、ソロモンはそれをあえて躱さず直撃した。
そしてへリアルの腹には、床が伸びて形どられた槍が貫通している。
「まさか当たるとはな…………」
「かつて戦時の豪傑の中で稀に見た――――その全身に刻まれた刻印は、鎖と同じ魔力封じだな?」
燃えたシャツの隙間より、刺青の様に刻まれた刻印術が見える。
それは外から向けられる魔力を消す代わりに、絶え間なくへリアル自身の魔力を喰らいやがて確実に死を運ぶ呪いに等しい刻印術。
魔力を持つ者ならば、常に疲弊感で立つのもやっとであろう。
「これは褒美だ、誇れ――――して、楽しかったか?」
「それはもう。最高の絶望をありがとう」
言い残すと、へリアルが一個の小瓶を取り出して床に叩きつけ割った。
瞬間、王座の間は爆炎に包まれた。
無論ソロモンは無傷で王座から動かぬが、へリアルや他死体は跡形もなくその姿を失った。
これにて戦いは集結。
悪が滅され正義が残る――――そんな純然たる結果のみが示された。
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