帰省
シュレディンガー領、死の森ーーーー森には久方振りの静寂が訪れている。
今城に住まう静かな竜とは違い、魔力を垂れ流す暴君が帰還したのだ。
「――――開門」
唱えれば、本来空く設計でない筈の門が道を開く。
長い廊下は人が進めばその位置から蝋燭が灯り、シフィー、ミリス、スピカを先の部屋まで照らす。
「久しいな、人の子よ――――見知った魔力を連れているな」
「久しぶりね、エルドラ。ここでの暮らしには慣れたかしら?」
それは以前会った際と変わらずに黒いウェディングドレスを纏った美しい女の姿。
しかしその実は現在逢魔との入れ替わりによって魔力が増しているシフィーと同量の魔力を持つ美しき白い竜。
世を見下ろす獣、エルドラだ。
「良い場所を提供してもらった。魔力も濃いし餌も多い。故郷の様に馴染むぞ――――ところでシフィー、その我に威嚇する新たな小娘は何者だ?」
「? …………ああ、大丈夫よスピカ。怖い相手じゃあ無いわ」
魔力を爪を作り上げ、獣の様に低姿勢を構えるスピカ。
喉を鳴らし唸り声を上げ、シフィーの制止はまるで耳に入っていない。
「スピカさん、この方は私達の知り合いでして、敵じゃあ――――――」
言い終えるより早く、床を蹴って駆け出した。
ミリスでは始祖の獣を使用したとて反応出来るか怪しい、初めて見せたスピカの全力疾走。
「威勢や良し――――しかし、どうにも幼いのう」
「落ち着かせられるかしら?」
「無論。我を誰と心得る」
魔力の爪は、エルドラの鱗を変身させたウエディングドレスに傷一つ付けることも叶わず砕けた。
続いてその場で宙返りをして踵落としを放つが、それも肩に足を乗せただけ。
もう片方の足とで頭を挟むと、ヘッドシザースでエルドラを投げ。
だが投げられた側はといえば自ら協力する様に跳び、着地点を狙い襲いかかるスピカに華麗な回し蹴りを放った。
蹴り飛ばされたスピカは壁に激突して意識朦朧とこれは決着かと思いきや、舌を噛んで無理やり目を覚ました。
ため息を漏らすと、エルドラは大きく口を開き魔力を集め――――ブレスを放った。
「魔力形式・5th――――過剰よ、エルドラ」
「む、そうか? 奴であれば…………我が夫であればこの程度目覚ましにもならんかったぞ」
シフィーの作った盾によってブレスは防がれる。
一応手加減はしていたのとこの城の性能が重なって、この攻防に於ける周囲の被害は皆無だ。
「スピカは貴方の大事な彼ではないでしょう?」
「そうだな…………しかし妙だ、似た気を感じる」
言いながら、スピカに近づくと雑に頭を撫でる。
スピカは複雑そうな表情を見せるも、実力差の確認と、今己が生かされていることによる安全を確認したからか抵抗しない。
「さて、戯れはここまでにするか――――何用か? シフィー。ただの帰省という様子では無いな」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「おいクソ店長、あのガキどもにどこ行かせたんだ?」
ジュエリーの店にて、無理やり戻らされたヴィンセントが不機嫌オーラを漏らしながら問う。
「シフィーの実家じゃよ――――今回開く夜会でエルドラに仲介人を任せようと思うての」
「その、夜会ってのはなんだ?」
「そうか、以前の開催はテメェさんの産まれる以前であったか――――夜会とは始祖の集い。始祖五名と竜一体にて開催される会議か同窓会の様な物じゃよ」
「…………それ程か? 竜の死は」
「今の時代でこそ存在は薄れたが、そもそも竜とは神々のさらに上位に位置する存在。それの存在を脅かすものがいるとなれば一大事じゃよ」
言い終えると、ジュエリーは手元で書いていた手紙に封をして窓から放る。
すると封筒に翼が生え、全て別方向へと飛んでいった。
「全く、いつの世でも平穏というのは手に入れ難きものよの」
「ババア…………」
ぼやくジュエリーの横顔はどこか普段とは違い物憂げであり。
遅れ、耳に入ったババアという発言が理由でヴィンセントは殴られた。
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