暴の天使
殺し合いという分野に於いて、へリアルは強くも弱くもない。
力に秀でず、技に秀でず、守りに秀でず、手段に秀でず。
しかしここまでアトランティスの闇に潜り、その筆頭として生きた男だ―――生き残るにはそれなりの理由がある。
それは間一髪、余裕はないが成立する防衛本能。
長年に渡り荒事に身を晒し続けて培った感覚は勘という形へと昇華し、その場その瞬間に合った最適にを選択し体を操り。
それを磨き続けたことによりへリアルは行動の結果は常に危機的であろうと、頭は平時の様に冷静に、研ぎ澄まされた状態を維持する術を手に入れた。
今もそうだ―――シフィーの攻撃を魔力封じの刻印術が施された鎖で防ぎ続け十五分。
武器の形を形成する魔力を霧散させ、打撃は全力で回避し。
ただ一度の攻撃という冒険もせずに戦況を横ばいで維持する。
全ては計算ずく、この先に必ずやって来る狙いすました冒険に備えて。
「呆れたものね―――それで、逃げ回り続ければいつか助かるの?」
「ああ、この街には天使様がいるからな」
「へえ、御加護でも下さるって言うの?」
「天使様だぜ、下さるのは天罰だ!」
気合を入れて一撃、撃ち放たれた魔力弾を鎖の節で抑え込む。
一撃で三つの節が弾けた―――本来、この首輪と鎖は半永久的に使用可能。
一つ手に入れるだけでも困難であり、壊れる事など想定もされない道具だ。
それが今、クッキーの様に容易く破壊され続けている。
使用用途は使用者が放った魔力を即刻霧散させ、使用を封じると言う物―――魔力が放たれた端から霧散させてしまうので、どれほど大量の魔力を注ぎ込もうと限界など存在しないと思われた。
だが今この現状はどうだ。
シフィーの魔力は多く、そして密度が高い―――故に、霧散させるのには他の魔力よりも多く時間を要するのだ。
その僅かな隙に、止めどなく注ぎ込まれる密度よりも異常な量。
それに耐えかねた鎖は、魔力霧散と同時に自壊するのだ。
「もうその鎖も無くなるわ―――それが、貴方の最後」
「何のために、大事な商品を破棄したと思ってる!」
ナイフによる一撃を受け止めたと同時に、鎖の最後の一節が弾けた。
するとヘリアルは首輪部分をシフィーへと投じて一瞬の邪魔と、両手を空かせ。
爆弾により首が弾け飛んだ死体のそばに転がる首輪と鎖を新たに拾う。
シフィーは眉を顰めながらも魔力弾を作り連続で八発打ち出し。
鎖を操り防ぐにはヘリアルの手数が圧倒的に足りず―――故に、事前の備えを発動する。
予め握っていた弾けた鎖の破片を宙に撒き、勝手に魔力弾が霧散するのを期待。
四発は霧散し、二発を回避し、残りの一発が腹を貫通。
幸い内臓は避けたので、止血さえ行えば命に支障はなく―――痛みに関しては、耐えれない範囲ではない。
魔力弾を放つのに紛れて駆け出していたシフィーが、新たなナイフを作り出して構え。
首筋目掛けて振り抜こうとした瞬間、全身に激震が走った。
突然現れた巨大な魔力―――総量と質はシフィー以下であるものの、放出量はそれ以上。
魔力回復速度もシフィーと同等と見て良い。
「来た―――天使だ」
「天使? これが………………?」
まだ見ぬ脅威に冷や汗を流す。
荒ぶる魔力に大地が揺れ、警戒し溢れ出したシフィーの魔力により流れる冷や汗は蒸発。
生唾を飲み部屋の屋根を見つめ五秒―――ソレは、亀裂と崩落を伴って現れた。
「ここかァ! クズ共の住処ってのはよおォ!!!」
「魔力形式・ 10th…………っ!」
現れたのは、鬼の様な相貌をした筋骨隆々の男。
鋭い目がシフィーを睨み、身近な銀髪は逆立ち。
上半身分だけ脱がれた着物の先に見える肌は燃えるように赤く、口は楽しげに大きく開かれ、凶暴な犬歯が剥き出しとなっている。
「ンだぁ、水鉄砲か?!」
「はぁ…………?!」
街中故に加減しているとはいえ、シフィーの持つ技の中では最高峰の威力を持つ10thが防がれた。
特殊な防御などではなく、魔力を纏った刀によって。
「女か…………つまんねえなぁ!」
「顔が、随分と楽しそうよ…………!」
迫り来る男に対してシフィーはバックステップで距離を取り。
先程作ったナイフに力を込めようとし、そして気づく―――ナイフを握っていた筈の手が、空であると。
「魔力形式・1st―――?!」
改めて作り出したナイフが、即様に魔力同時の結合が解けて崩壊する。
宙に溶ける魔力の中、感じたのは自分以外の魔力―――細かく探知しようとシフィーは自身の魔力を広げようとするが、ソレもすぐに消えてしまう。
だが一瞬感じ取った魔力の正体は明らか―――今眼前にて笑う男から感じ取れる物と、全く同じ。
シフィーは今起きている事情を理解した―――目の前に居る男が臨戦体制に入った瞬間、男の垂れ流す魔力が半径三百メートルに広がった。
その魔力が新たに作り出されるシフィーの魔力と混じり、魔力同士の結合を阻害しているのだ。
「原理が分かればこっちのものよ」
呟くと、シフィーは自身の腰へと手を伸ばす。
一見ポーチしか装備されていないが、手は何もない様に見える位置で止まり。
そして、目に見えぬ物を掴んだ。
「何をするつもりだ、面白え…………!」
男の口角は吊り上がり、より深く犬歯が剥き出しとなる。
何が来ても叩き落とすという意思を隠すつもりもなく、刀を掲げ、シフィーを待ち―――姿が消えたと同時に振り下ろした。
「…………キメラよりも硬いじゃない」
それは、見えずともずっとシフィーの腰に携えられていた。
魔力強化も無しで男の首の薄皮一枚を斬り、血の一滴も刀身に残さない切れ味。
意識不可―――抜かれ視界に入れようと、振られた所でその脅威を感じる事は出来ず。
霧に紛れたか世界から切り抜かれた様に姿を隠すその特性から付けられた名は―――龍剣、霧切。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




