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謝罪担当

 美しい人を見た―――暗い店内、それぞれ席を小さく照らすライトはその席に座るものがスポットライトに当てられたかの様に見えるからと決めたものだが、今日以上優秀な働きをした事は無かった。


 穢れを知らぬ美しい白髪、椿か鮮血の様な赤の瞳、陶器の様に歪みのない肌と、そこに乗せられた人形の様な顔のパーツ。


 そんな明るい色で形成された少女を包む、黒のドレス―――それら全てが、俺の目を惹きつけた。


 チーズケーキを切り取って小さな口に運ぶその姿は何気なくとも洗練されて見え―――その美しい動作をもう一度と言うところで、余計な事をしでかす奴が現れた。


 正確には、俺が連れて来た。


 俺はあの日、あの店で商談の予定があった―――相手は揮発性の高い貴族であったため、適当な部下を一人選んで連れた。


 初めて連れた奴なものだから、良く言えば張り切りすぎていて、悪く言えば、調子に乗っていて。

 だから奴は、商談前に店内の人間を全員追い出そうとした。


 俺は冷静な人間だ―――これまでの人生、感情で動いたのは親父を殺した時だけだった筈。

 それ以降、ただの一秒も例外無く俺は理性と合理で動いて来た。


 にも関わらず、俺は気付けば奴を蹴り倒していた。


 彼女の二口目を邪魔された事に腹が立って、俺を慕う部下を蹴り倒した。


 理性が追いついたのはその瞬間と同時。

 それ以降の会話は至って冷静に、クールに終えた筈だ。



 この日、魔術ですっかり回復した部下を慰める為に商品を三つ沈めた。

 何一つ得をしない、またも理性外の行動―――だが、それで良かった。


 明日彼女が目的を果たし、心の底から楽しむためならば、面倒な部下の機嫌の面倒も見てやろう。


 彼女は俺達が己を下々とプライドごと投げ出せる程、美しいのだから。




 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘




「ま…………まさか、ここまでちゃんとしたデートを用意されるとは思っても見ませんでした…………!」


「見くびってもらっちゃ困るわ。全知よ」


「経験あったんですの?」


「………………貴女と、数度」


「素人童貞ですわね」


「プロと自負していた…………?!」


「貴族の娘ですもの、人との歩き方は教育のうちですわよ」


「貴族は言葉選びは習わないの? 下品よ、素人童貞だなんて」


「シフィーさんと二人きりですので、気が緩んでしまいましたわ!」


「素直に喜んで良いのかしら…………?」


「もちのロンロン、ですわ!」



 普段は店のショーウィンドウを眺める為に通路側を歩くシフィーだが、今回に限っては馬車などが走る道沿いを進む。

 


「シフィーさん、これ見てくださいまし! 水着ですって! 常に海の上に居て、普段の娯楽として海に入る街ならでわの発想ですわよね!」


「外ではあまり見ないの?」


「近年では家に水遊び場を作る貴族なども居ますので、暑いシーズンに入れば他の街でも売る事はありますが…………でも、こんなにレパートリーのある店はそうありませんわ!」



 嬉しそうに目を輝かせるミリス―――シフィーはその手を引いて店の中に入り、幾つか水着を選んでやり。

 その先、昼食にと取った店の予約時間が許す限り、マニアックな着せ替え人形となった。


 ワンピース、フリル付き、レオタード、ビキニ、オフショルダービキニ、V字、マイクロビキニ―――後半に行くに連れ雲行きが怪しくなり、増えシフィーの表情も曇ったが、そんな反応すらも楽しそうにミリスは次々と着替えを持ち。

 

 この店の品揃えがどうなのかとシフィーが考え始めたところで、夕食の予約時間が迫り、選んだ品を全て購入すると言う苦情の決断を下す事でミリスを満足させるに至った。


 荷物は全て海月亭に送ることとなり、二人は予約した店へ―――場所は昨晩のバーからそう遠くない、路地裏にある。


 元々行く予定であった店だ―――この街で評判を聞く限り、その品質は前評判と変わりなく。

 観光客の多い立地ではあるものの、その味は観光客向けの雑なものでなく、間違いなく世界最高峰なのだと皆口を揃えて言う。


 鮨所、海苑―――心踊る二人が目の当たりにしたのは、臨時休業の掛札と店の制服を着た男が唖然として立つ姿。


 シフィーとミリスは予約済みと言うことで不慮の事態に驚愕―――互いに目を合わせてその驚きを共有する。



「………………ご予約頂いた、シフィー・シルルフル様でしょうか?」


「そうだけれども…………これは一体どういう状況なの?」


「血の匂いがすると、大将は店を出ました…………もしよろしければ、後日何らかの形で本日の補償をさせていただく存じますが、如何でしょうか………………?」


「…………まあ、仕方のない事ね。まだよく事情を飲み込めては居ないけれど、貴方苦労人なのでしょうね。前にあった人と同じ目をしているわ」



 シフィーはとある男を思い出す―――ジュエリーに苦しめられる冒険者ギルド職員、シェリン・タラニフォカス。

 目の下に深いクマを作り、自分の行動ではどうしようもない物事の責任を負わされる苦労人。


 それに対して粘るなどと言う非道、シフィーには出来はしない。



「ミリス、また今度一緒にきましょう―――と言う事でまたくるわ。貴方がゆっくり眠れる事を祈ってる」



 仕方ないと二人は店を離れ―――店員の男が心の底から申し訳ないという態度を見せるが、それによって湧き上がるのは誠実さではなく悲壮感のみ。


 シフィーは祈る―――あの店員が今日、早く家に帰って眠れる様にと。


 

ペンネームが変わりました。



(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)

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