完璧な下準備
「シフィーさん、デートがしたいですわ!」
「デート? まあいいわ、行きましょうか」
「とんとん拍子に話が進むところ素敵ですわ! が、ちょっと待ってくださいまし!」
アトランティス二日目―――シフィーとミリスが朝風呂に入っていると、不意にミリスが願望を唱えた。
ミリスの望み通り出かけようとする所を制止―――一体何をしたいのかとシフィーは困った表情を見せた。
「デートをしたいけれども、私リードされたいんですの!」
「お散歩プレイをご所望?」
「それも、魅力的ではありますが…………! そうではなくシフィーさんの考えたプランで、シフィーさんに連れ回されたいんですの!」
「ああ、そういう事ね―――なら、一日待ってなさい」
シフィーは一人湯船から上がる―――すっかり温まり、日に当たった事も無いのではないかと思うほど白い肌も赤みがかっている。
「ゆっくりと、明日の服でも選びながらね」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「適当に、私に似合いそうな物を見繕ってちょうだい」
シフィーが海月亭を出て真っ先に向かったのは、幾つものドレスが並んでいる店。
普段は貴族なんかが出入りする様な高価な店であり、見た目はただの少女であるシフィーを最初は子供扱いしていた店員達―――だが、シフィーが一度前金を差し出すと、その金額に皆背筋を伸ばして貴族令嬢を相手する様な態度となった。
採寸し、肌や髪の色を測り、試着を重ね―――情報が揃った所で、店員の魔法によって高速でドレスが仕立てられる。
同じ店でハイヒールと元の服はリュックにしまい、出来立てのドレスを着て外に出ると次に向かったのはこれまた高価なファッションブランド店。
小さなハンドバッグとネックレスを購入すると、それもすぐに身につけて、リュックの中身を一部ハンドバッグへと移し、一旦海月亭に戻ってバッグを部屋に戻す様頼んでフロントに渡して。
衣装は変えぬまま、もう一度街中へと繰り出す。
治安を見ながら色々な道を進み、時間を見てテラスのあるカフェを見つけて入店。
カップケーキとアイスティーだけを注文すると、街の様々な場所に置かれている観光客向けの地図を広げ―――海月亭からの動線を確かめながら、デートの予定を考える。
その時の気分に合わせて、いくつかの飲食店をピックアップ。
食事を終え次第その店々を歩いて回り、またも辺りの治安も確認。
全ての店を回り終えた頃には、すっかり日が落ちていた。
「…………………マップに無い店だわ」
路地裏に、重厚な木製扉の店がある。
扉にかかるオープンの札を見て入店すると、中は品のいい老爺が営むバーの様で。
暗い室内、その中心に通るバーカウンターの中で老爺がグラスを磨く手を止め、シフィーに向かい微笑んだ。
「随分と可愛らしいお客様だ―――どうぞお席へ。アルコールを嗜まれる様な年頃のお客様では、ありませんな?」
「ええ。何か…………ノンアールコールの物でもお願い出来る?」
「サービスさせて頂きます」
そう言って差し出されたのは、コーヒーのカクテルとチーズケーキ。
チーズケーキはメニューには無いものの、見た目に関してはバーでなくケーキ屋にあっても遜色のない出来だ。
「そちら私の趣味でして―――お客様の様な若い方の口には合うかと」
「ありがとう、いただくわ」
フォークを手に取ると同時に店の扉が開く―――が、そんな事は気にも止めずケーキを小さく切り取って一口。
目を瞑り、絶妙な甘みと酸味を楽しんでいると、不意に肩を叩かれた。
「お前、ここいらじゃ見ねえ面だな」
「………………誰? 私今ケーキを楽しんでいるのだけれど」
「街中だからって何もされねえと思ってるんのか? いいか、俺たちはな――――――」
シフィーの肩を突然叩いた男を、更に背後より蹴り倒した男が居る。
両方ともガラが悪い事には変わりないのだが、チンピラと筋物の様な雰囲気の差は大きい。
「マスター、席外してくれ」
「御意に」
言われるがままに、老爺は店の奥へと引っ込んで行く。
場の雰囲気からして戦闘になるかもしれないと考え指先に魔力を溜めながらも、決して席からは立たずに、男達に目も体も向けずに応対。
そして、ケーキをもう一口。
「ウチの若いモンが悪いな―――怖がらせただろ、詫びだ、ここの会計は持たせてくれ」
「ソレ程度、怖がったりはしないわ―――このカクテル、ケーキによく合うわね」
呟くと、言葉の前半を聞き取った男二人、チンピラの方が怒りに立ち上がり、シフィーに対して拳を振るった。
落ち着きなく、血気盛ん―――もう一人の制止も聞かずに拳を振り抜こうとした所で、シフィーが指先に溜めていた魔力が放たれた。
「このケーキを食べ終わったらすぐに出て行く。それまでにその男を連れて出て行って。そっちの都合は知らないわ」
「アンタ、強ェんだな……………名前は?」
「シフィー・シルルフル。それがどうしたの?」
「………………いい名前だ」
男はチンピラを拾い上げて担ぐと、店の奥のマスターに対して手で何やら指令を。
そして、シフィーに対して真っ直ぐ向き合うと、一度深呼吸をした。
「シフィー・シルルフル、俺ァアンタに惚れた! 俺の名はヘリアル、この街で裏のモンの纏め役をやってる! 何か必要なことがあれば必ず力になる、いつでも訪ねてくれ…………!」
学生が愛の告白でもするかの様に、あまりにも真っ直ぐに言った。
ヘリアルの言葉に嘘偽りはない―――この街で法外な仕事をしたくば、ヘリアルの靴に口付けを。
自ずと何をしたわけでも無いに関わらず、そう謳われるだけの影響力を持った男だ。
「ははっ―――貴方、裏の纏め役にしては、随分と真っ直ぐな告白をするのね………! 少し気に入ったわ」
「っ…………アンタ、笑うのか?」
「私だって生きているもの。面白ければ笑うわ」
「可憐だ…………」
「何もそれ、面白い人―――そうね、じゃあ早速、一つ頼らせて貰おうかしら」
残りのカクテルを飲み干してグラスを置くと、ヘリアルに対して微笑みかける。
物理的に息の止まる様子は、告白の返事を待つ青年の様だ。
「明日の夜、またこの店を使いたいの―――だから、こう言ったトラブルのない様にして。デートなの」
最後を聞いた瞬間、ヘリアルは固まった。
シフィーは三口で残りのケーキを食べ終えると、ハンドバッグを持って席を立ち。
通り過ぎ様ヘリアルの腰を軽く叩きながら、店の扉へと歩いて行く。
「旅の仲間の女の子とね―――この店ならきっと喜ぶわ。よろしくね」
それだけ言い残すと退店。
今日選んだコースでドレスが汚れていない事を確認するとデートの下見を終え、不用心にも路地裏で着替えて元の格好で海月亭へと戻る。
明日のデート本番に備えて、完璧な下準備を持って。
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