海上の極楽
地上から一km離れ、三本の橋とその周囲の港以外では一切侵入不可能の海上要塞都市。
水の都、アトランティス―――そこは水面に設立された王城を中心として栄える街と、水面下に設立され住民の多くが住まう水中街の二つの顔を持っている。
基本的には水上が観光客などによって賑わい、水中はそうでもないものなのだが、近日は違う―――ソロモン王、入城。
ソロモン王は各王権都市を毎年渡り歩いており、今年はアトランティスへ。
十年に一度の機会であるからして、住民達はソロモン王の姿を一目見ようという熱気を放っていた。
その熱気の最高値は、年明けと同時に行われる宴だ。
水上都市の大通りにて行われ、ソロモン王の入城パレードや出店などにより街は一晩中静まることを知らず。
それを終えてなお、商売を続ける屋台などによって三日は興奮冷めやらぬ状態が続くのだ。
そんな興奮もすっかり冷め、年明けから四日目、街に四人の旅人がやって来た。
ヤマトを出た後、霧から出るのに手こずって大幅に進行が遅れたシフィー一行である。
「完全に……………完っ全に、元の日常みたいになってるじゃない!」
「まあ良いじゃねえか―――人が多いと疲れるしよ」
「何を言っているのヴィンセント、お祭りなのよ? しかも盛大なお祭り! 私がどれだけ悲しんでいるか…………」
「シフィーさん程では無いにしろ、確かに少し残念ですわね。祭り衣装のシフィーさん、見たかったですわ」
「…………ん」
一行はすっかり落ち着いたムードとなったアトランティスでヴィンセントの後に続き。
中心部にある王城から離れ―――観光地らしい派手さが無く、落ち着いた雰囲気のある飲食店が並ぶ地域に居た。
長い階段を登り、辿り着いた先はとある宿―――塔のように高く、ただでさえ高い土地から更に空に近づく設計だ。
ヴィンセントは他三人を外に待機させて一人中へ入り。
少しすると、その宿の者が荷物を受け取りに外へと来た。
夜凪の宿、海月亭―――アトランティスの中でも最高位の評価、そして宿泊費を誇る宿の一つ。
時代に流されず、権力に媚びず、正規のルートで予約を取り付ければ五年は待たされるという上級貴族ですら叶わぬ夢と諦める事のある―――だが、宿泊した者達は皆口を揃えて極楽に居たのだと言う。
どの様な批評家も、普段から豪遊の限りを尽くす富豪も、例外なくだ。
また、安全面に於いても海月亭は他と別格であり―――施された魔力結界はその昔、隕石の直撃を凌いだだとか、ドラゴンのブレスを受けて傷一つつかなかったなどなど、神話じみた逸話を持っている。
その評判を唯一知るミリスは震えた―――何故、今自分はそんな海月亭の最上階、スイートルームに通されているのかと。
「ねえミリス、さっきから表情が硬いけれど、ここはそんなに凄い宿なの?」
「凄いなんてものではありませんわ…………シフィーさん、所持金は…………?」
「ざっと、こんなものね」
「…………全然足りませんわ」
シフィーの内部が異次元化されたバッグに眠る総資産は0が七つ並んでいたが、それを見たミリスは首を横に振った。
シフィーの前世の記憶にある近代兵器を遥かに凌ぐ破壊力を持つ冒険者や魔物が当たり前に存在するこの世界、安全の価値というものは無限に高騰する。
海月亭の安全性、そしてそれに加えて与えられる至福の時間―――その最上位スイートルームに宿泊する対価として求められるは、一泊八百五十万ギラ。
「支払いなら気にすんな、ババアの持ち部屋がある」
案内されたのは、アトランティスの景観を一望出来る露天風呂付き、畳張りの床に漆塗りの長机と座椅子が中心地配置され、ベッド二つが用意された部屋だ。
「ここを建てる時に結界やら温泉を引くために弄ったりやらでババアが協力したらしくてな―――その報酬として部屋をここ海月亭が続く限りという契約で買い取ったんだとよ」
「海月亭の部屋を買い取ったですって?! 一体、どれだけの金額を…………」
「調べちゃいねえが、その頃のアトランティス二十年分の運営費とトントンだとか、あのババア嬉しそうに言ってやがったな」
「…………シフィーさん、お風呂に入りましょう」
「少しゆっくりしてからじゃ駄目なのかしら?」
「時間が勿体無いですわ!」
ハッキリとした値段を考えるのは止め、ミリスは一秒でも無駄には出来ないとシフィーを引っ張り、ついでにスピカも拾って露天風呂へと向かう。
自分の目を気にし忘れていると、ヴィンセントは気を使い一時部屋の外へ。
それに気づいたシフィーだけが申し訳なさを感じながら、ミリスに服を剥がれ頭からお湯をかけられた後に檜作りの湯船へと放り込まれ。
同じ様にしたスピカ、ミリスと並び、すっかり日の沈んだアトランティスの街を一望し―――そして、その先に見える無限に思える海をも視野に収める。
本日辿り着き、未だ全く観光などしていないアトランティス。
後々歩く瞬間を想像しながら、下に見える灯ひとつひとつにどんな素晴らしいものがあるのかと考えを巡らす。
悲観しながら街に入り、言われるがままにヴィンセントの後をついて道を進み―――そして湯に浸かり今、シフィーは漸く実感を持った。
三つ目の王権都市、アトランティス到着。
その確かな実感を。
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