蜃の試練
ヤマトという名の集落は、この世界に二つ存在する。
外との繋がりを完全に絶たぬ為、フロントとして用意されたヤマトと、本丸である隠されたヤマト。
後のヤマトは深い霧に包まれ、魔力探知などで場所を探知する事は不可能。
ただの霧ではこうは行かぬ。
エルドラと同格である七星竜の一角であり、ヤマトの守護神―――世を欺く獣、蜃の出す特殊な霧だ。
蜃の試練とはその蜃による剪定の儀の様なもの―――力の枝の切れ端を授けられ、蜃の力を引き出す為のものだ。
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深い意識の底、シフィーは夢を見た。
自分では無い誰かが背後より睨んでいる―――それは憧れ、怒り、嫉妬の混じった不純な視線。
何が気持ち悪いかと言えば、精密にはその視線は自分に突き刺さらないという事。
自分を透過して、その先にある何かを睨んでいる様な不快さであった。
目を覚ましたのは、意識を失って十二時間後の事。
普段皆が起き始める時間と大差なかったので、突然の昏睡については不思議に思いつつ活動を開始。
一日の支度をしながらミリスに聞いた話によると、心配し何度も起こそうとしたが、何をしようともシフィーは目覚めなかったとの事―――あの夢に関係しているのかと考えながらも、分からない事は分からないと今は考えを放棄する。
「その…………蜃の試練? っていうのは何をするものなの?」
「さあな」
「さあなって…………わけの分からない事を私にさせるの?」
「この試練は受けるヤツによって内容が変わんだよ。魂を写す鏡みてえに、最も苦悩する内容にな。俺も昔受けたよ」
「成程ね。ヴィンセントの時はどんな内容だったの?」
「禁煙」
「成程ね」
支度を済ませ、シフィーとヴィンセントの二人はヤマトの街々から少し離れた位置にある祠へ。
その地下にある洞窟を進むと、一つ大きな扉があった。
「ここだ―――前に俺が受けた時は、この扉を抜けた先で煙草に火がつかなくなってな。三十分で出た」
「私の場合、どうなんでしょうね」
躊躇わず、シフィーは扉を開きその先へ。
当然その先は禁煙室などでは無く―――一振、霧に包まれた刀が地面に突き立てられていた。
一眼見て理解する―――これは、自分を写した試練では無い。
同じ魂を共有した、シフィーの前世。
主人公を目指し、主人公になり切れなかった苦悩を写し出した結果のコレだ。
でなければこんな主人公の醍醐味の代名詞の様な、地面に突き立てられた武器などというシチュエーションが発生するわけがないのだから。
「この刀、そういう事か………………」
「私の場合、どんな試練が出たのでしょうね」
シフィーは臆する事なく刀に手を伸ばし。
霧の中にある柄を握り、力を込めた。
「悪いけれど、余裕よ」
言い、力一杯引き抜いた―――気持ち良いぐらいに呆気なく、刀は全容を明らかとし。
霧はどこぞへ消えて行く。
「ほらね?」
「だと思ってよ―――その刀、抜いてみろ」
「勿論」
抜刀すると、刀身は薄ら赤く―――日を反射した様な色をしている。
そして滲み出す霧―――刀身と同じ色で、どこかシフィーの魔力と似ている。
「貴女様が、儂らが王であらせられるか」
どこからか声が響く―――瞬間、無風であった洞窟内に魔力が渦巻き、六つ存在が発現する。
六雲集と、その中心に濃い霧の塊があった。
「王? どういう事?」
「蜃の試練―――それは、ヤマトの王を見つける為の試練と同義ですじゃ。王が現るは今より丁度千年も前以来―――この日を、永らく待ち望んでおりましたぞ」
「…………ヴィンセント、聞いてないわよ」
「説明が面倒臭えからな。王になったからって政治やら統治やらが必要になるわけじゃねえ、気にすんな」
本当にそれだけなのだろうと、一目で理解出来る程面倒臭そうな表情をするヴィンセント。
並び跪く六雲集にどうしたものかと悩むシフィーは、ひとまず刀を鞘に戻すと霧の塊に近づく。
「これは?」
「蜃へと繋がる扉ですじゃ―――王、即ち国主たる者には蜃の力が与えられ、竜の本質を手に入れるのです」
「もう入っていいの?」
「無論―――蜃も王を待ち侘びておりますが故に」
霧の塊は、厚さ一メートルも無いシフィーの身長程度の高さのもの。
だが一歩踏み込めば深く、ヤマトに入る以前通った先の見えない霧同様の景色が広がり。
アテもなくただ歩き続けると、不意に霧が晴れ―――そこには無限に広がる地面と空だけの土地と、一匹の巨大なドラゴンが居た。
世を惑わす獣、蜃―――その全容が霧一つかからずハッキリと、シフィーの目の前に現れた。
「その刀、そうか―――汝が、我が王か」
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