寂しさの芽生え
「ねえスピカ、お腹は空いてない?」
「はい」
「疲れてはいない?」
「はい」
「夜は肉と魚どっちがいい?」
「はい」
「…………重症ね」
ミレニアムを出て三日が過ぎた。
歩きながら色々と対話を試みるが、何を聞いてもはいとしか応えぬスピカに頭を悩ませる。
何と言われてもはいとだけ応える様調教されたのか、それ以外答える気力も無い程に心が死んでいるのか。
その理由は定かでは無いが、何にしろ健全では無い。
「ねえヴィンセント、ジュエリーはどうやってスピカとコミュニケーションを取ってたの? 結構仲良くなっていた様に見えたのだけれど」
「自分からなんかするって事はなーんもなかった。ずっと座ってるスピカを眺めて、窓辺に動けば窓を開けてやって、水道を眺めてりゃ水を注いでやって。何か望むのを待って手伝ってやってただけだ」
「そう、それでいいのね…………なら、私は構い過ぎなのね」
「かもな。でもどっちが正しいのかなんて俺には分からねえ」
言いながら煙を吐くヴィンセント。
手には気に入りの煙草が一本―――減り具合は半分だ。
皆からは少し離れた位置を歩いているが、ミリスが反対方向に少し離れている事に気づく。
「離れてるが、煙草は嫌いか? 刻印術で煙の方向は変えちゃいるが…………嫌なら消すぞ」
「いえ、煙草自体の香りはお父様も愛煙家でしたので慣れてますの…………ただ最近は始祖の獣を多用していますので、鼻が敏感で。すぐに慣れますのでご心配なさらないで下さいまし」
「了解、早めに済ませるよ」
ヴィンセントは更に離れて、空に登る煙を眺める。
ふと風が変わった―――魔物避けの結界などによって風の流れが妨げられる、人の集落付近独特の風だ。
「シフィーさん、見えますか?」
「…………ええ、二km先ね。」
「では今日は屋根のある場所で眠れそうですわね!」
「いやあダメだ」
シフィーの視力で捉えられた遠方の村。
喜ぶミリスを静止したのはヴィンセントだった。
「ダメなの?」
「ああ。ここいらには人狩りの村が多いからな…………一晩待機して観察。補給と宿泊はその後だな」
「ならそこの森の端にキャンプを構えましょう」
「賛成だ。もう直ぐ日が暮れる―――支度をしながら進もう」
そうと決まれば四人は乾燥した枝などを拾いつつ、村の観察に丁度良い場所を探し歩く。
少し行くと木々で焚き火の灯りを隠しつつ、充分寝泊まり出来る広さのスペースを発見。
今日はここで泊まろうと荷物を下ろすと、各々割り振られた役割に添い動く。
ミリスとスピカか水場を探し、可能ならば魚を取り、ヴィンセントは火を起こし、シフィーは木に登り村を観察する。
太い枝同士の隙間に座り目を凝らす。
一見した限りでは平和な村だ―――小さなが幾つかと羊飼い。
そして皮を多く干している事から、工芸品を商売にしている様に見える。
「相変わらず夜目が効きますわね」
「昼間みたいに見えるわ。それより、貴女の仕事は?」
「直ぐ側に川がありましたわ。魚は居ましたけれど…………魔物ですわねあれは。食べられませんわ」
「そう―――今日は結構歩いたわね」
「ええ、疲れましたわ」
仕事を終え、木を登ってきたミリスが隣に腰掛ける。
シフィーがぼーっとムラを眺めている内に一時間も過ぎ、日は沈み。
身近な灯りといえば、木の下で燃える焚き火とミリスが持って登って来たランタンのみだ。
「大丈夫よ、ミリス。もしあの村が人狩りの村だとしても、その手の刻印術で私がいつでも見守っているもの」
「…………シフィーさんには全部分かっちゃいますのね」
「全部では無いけれど、それぐらい分かるわ」
「早く全部になってくださいね」
「難しい事を随分と簡単に言ってくれるのね」
人狩り村―――その多くが意味するのは違法奴隷の収穫場だ。
疲れ果てた旅人を村ぐるみで標的とし、暴行や薬物などで無力化した後に捕えて売却。
その意味を知るミリスとしては、自身が誘拐された日の事を思い出さずには居られなかっただろう。
その証拠に手の甲に刻んだ刻印術から伝わるミリスの魔力の波が乱れていた。
表情は変わらずとも、その情報を持ってして心境を察せられない程シフィーは鈍く無い。
「今夜はここで寝なさい。落ちない様にしてあげるから」
「はい、喜んで……!」
ミリスは一度木を降りると、荷物から二人分のブランケットと夕食を持って戻り。
食べ終えると自分とシフィーの肩からブランケットをかけた。
「で、どうやって落ちない様にして下さいますの?」
「もうなってるわよ。ミリス、体重を後ろに」
「…………? 分かりましたわ」
言われた通りにすると、背もたれなどないにも関わらず途中で体制が安定。
魔力の糸を作り編み、簡単なハンモックの様にしたのだ。
「おやすみなさい、ミリス」
「おやすみなさい、シフィーさん」
安心して目を閉じるミリス。
焚き火の周りでは既にスピカが眠り、ヴィンセントは周囲の見張りを。
それぞれゆっくりとした時間を過ごしていた。
睡眠を必要としないシフィーは村の観察に戻り―――一人長い夜に潜る。
「………………早く朝にならないかしら」
ふと呟いた―――以前ならば長い夜に寂しさを覚える事などなかった。
ただ心を殺し、時間が過ぎるのを待てば良かった。
だが人と過ごす楽しさを知ってしまった―――もう、元には戻れないのだ。
どう寂しさを紛らわすか考えていると、耳元でガサガサと音が鳴る。
全く同じタイミングで音の鳴った位置に魔力の反応が。
驚き振り返ると、そこには葉が人形に変形した様な魔物が。
「…………音を立てないで」
ミリスを起こさぬ様、最低限の動きで指を向け魔力弾を発射。
ブルーノでさえ傷一つつけられなかったキメラの外皮を容易く砕く威力の一撃だ―――にも関わらず、葉の魔物は全くのダメージを負わず。
魔力弾の推進力に従い、無傷のままで遥か彼方へと飛ばされて行った。
「何なのよ、あれ………………」
不思議に思いつつ、とても戻ってこれない距離まで弾き飛ばしたので良しとする。
結局寂しさは解消されず、長時間の暇つぶしという課題をシフィーに残して夜は開け。
話し合いの結果、昼頃には村へ行こうという事になった。
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