知らぬ故郷に憧れて
「ドライヤーじゃないの! 冷蔵庫に、電子レンジまで! 流石はミレニアム、こんな家電製品も魔導具として再現出来てしまうのね!」
「これほどテンションの高いシフィーさん、初めて見ましたわ…………」
ミレニアムを旅立つ前に、街の無事な地区に残った魔導具量販店にてシフィーは衝撃を受けた。
前世の記憶にあった、この世界に存在しないと思っていた家電の数々―――それが今、目の前にある。
回路の代わりに術式や刻印術を刻まれた魔導具の数々。
シフィーは店員を呼ぶと、次々に欲する道具を店員に用意させ、会計は驚異的な速度で膨らんで行く。
「シフィーさん、お会計は大丈夫なのでしょうか…………?」
「気にしなくていいわ。戦いの後にね、冒険者ギルド経由でソロモンって人から結構な報奨金が出たのよ―――っと、これを忘れちゃダメね。店員さん! このコンロも用意しておいてちょうだい!」
買い物は続き、ミキサーの二台目購入を検討し始めた頃にようやくミリスによるストップが。
前世で見た異世界の物は、シフィーにとって未来のひみつ道具と同等の憧れ。
暴走状態が説得のみで落ち着いて、報奨金が六割残ったのは奇跡にも近かった。
冷静になって三十分―――大量の魔導具は全てバッグの異空間にしまい、二人は少し街を歩く事にした。
復興が進んでいるとはいえ、被害の多く出た場所はまだまだあの日のままの光景が広がっており。
荒廃した瓦礫の山が、人々の生活があった痕跡となっている。
「シフィーさん、あちらのお店は………………」
「ええ、あの時の店ね―――残ってるなんて、凄いわ」
それは、二人が監視用魔導具墜落に遭った店。
これはラッキーによる結果ではない―――あの事件直後、現場保護を目的として張られた結界により建物は保護された。
故に、照明のガラスやテラス席の柵などの調度品を除けば殆どが無事な状態である。
「あら? 貴女達、あの墜落事件の時の…………あってます?」
「間違いありませんわ! あの時はお互い災難でしたわね」
近づいてみると、中からエプロン姿の女性が一人。
この店を切り盛りする店主だ。
「でも、このような場所で何をなさっていたんですの? まだ避難所で暮らしている方々も多いですわよね?」
「私の場合は店が無事でしたので。少しでも早く片付けをして、店を再開して、皆さんが元の暮らしに戻った時、この前までと変わらない場所を提供出来るようにと思いまして」
「まぁ、素晴らしいですわ!」
「元々店の方は流行らせて頂いてましたので、庶民にしては貯蓄もある方です。ですので、私は私に出来る事をやりますよ!」
店主は誇らしげに、慎ましやかな胸を張って言う。
その後ふと何かを思い出し、二人に少し待っていて欲しいと伝えると駆け足で店に戻り。
帰って来ると、手には一枚のメニュがあった。
「もしよろしければ何か食べて行かれませんか? 一部のメニューならもう作れるぐらいにはなったんです!」
「まあ! シフィーさん、是非いただきましょう!」
「そうね。お昼がまだだったし、ありがたく頂きましょう」
二人はテラス席に腰掛け、それぞれブルーベリーソースとイチゴソースのパンケーキを注文。
すぐに出て来たそれを堪能しながら、街を見渡す。
「思い返せば、私の作った被害も大きいわね―――キメラとの戦い、もう少し気をつければよかったわ」
「どう倒せば良いか分からない相手だったと聞きますわ。人命の為にも倒さねばならぬ敵を相手取るのですから、色々と試すのは当たり前ですの―――その最中生まれる被害は、残念ながら必要なものでしたわ」
「にしても、打撃が無駄と分かった後に何度も投げる必要はなかったわ―――これは反省ね」
「では私も反省しますわ。流れ弾で穴を開けた民家がいくつかありますの。これも一重に、私の実力不足ですわ」
突然、周囲の被害などに気を使う余裕はない戦いであった。
だが後から積もるタラレバ話をしながらもパンケーキを半分まで減らした頃、ふと空に群鳥を見つけた。
それは宙に漂う魔力を摂取して生きる、無害ながら魔物の一種であり、世界中で見られる種。
一日で二万kmを飛び、街から街へと日々移りゆく鳥だ。
「この街を出て、次はどこに行きましょうかね」
「シフィーさん、何かしたい事などはありませんの?」
「そうね…………アルカディアでもミレニアムでもトラブル続きだったから、次はゆっくりと観光でもしたいわ」
「でしたら水の都、アトランティスなどいかがでしょう! 美しい景観、美味しいお食事と、観光に向いた王権都市ですのよ」
「水の都…………もしかして、新鮮なお魚とかあるのかしら?」
「そうですわね。大体のお食事が楽しめる街ではありますが、主力は海鮮と農作物ですわね」
「…………そこにしましょう。そこがいいわ…………いえ、私、もうそこ、アトランティスの事しか考えられないわ」
「も、もの凄く気に入られたようですわね…………では、次の目的地はアトランティスといたしましょう!」
次の目的地が決定した―――この時、シフィーの頭は一つの料理に支配されていた。
前世では故郷であった国、日本の料理であり、新鮮な魚の入手が難しい事からこちらの世界では一度たりとも口にすることのなかった料理。
名を、寿司―――農業が盛んとなれば大豆が原料である大豆を原料とした醤油も存在するかもしれない。
その結論を一瞬で導き出したシフィーは、まだ見ぬ寿司に心躍らせながら残ったパンケーキの内半分を一口で頬張った。
まだ見ぬ土地に夢を見る―――原動力としては、ポピュラーなものである。
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