魔王軍将軍
ブルーノの説明によると、事はミリスからの連絡二時間前に起きた。
突如として街の各所に赤い魔力の柱が登る―――それは殆どが事前に確認されたマーキングの位置と、新しく追加された数箇所。
魔族の微かな魔力を探知出来るシフィーが街から消えたと同時に起きた事件―――此度の指名依頼の依頼人はほぼ間違いなく、街に侵入していた魔族だ。
「こちら北部地区、制圧完了した!」
「南部地区、同じく制圧完了―――避難救助者が一人もいないわ」
「この街の避難誘導は優秀だ! 既に殆どの住人が各地区のシェルターか王城に避難している!」
「なら戦闘に集中しても良さそうね…………また、新しいのが出て来たわ」
怒号が聞こえ、別地区で戦うブルーノとの通信を切ると、シフィーはナイフを構える。
相手は民家の屋根に立つ、一つ目の巨大な魔物サイクロプスと、それを囲うように立つ五人の魔族。
瞬きの間にシフィーは距離を縮め、初撃にて魔族一人の首を刈り。
続き側に居る二人目の喉笛を切り裂くと、振り下ろされたサイクロプスの持つ棍棒を飛び乗って回避。
棍棒から腕へと渡り、巨体な眼球にナイフを突き立ててから魔力を注いで刃渡り延長。
頭部を貫通し、振り上げてつむじ部分から刃は飛び出し―――刃の長さを戻すこと無く、離れた距離に居る魔族へと投擲した。
だが、両掌でそれを止められ、真剣白刃取りの形に。
それも気にせず柄目掛け魔力弾を放ち、刃を魔族の頭にまで進行させる事で対処。
死して肉体の崩壊が始まったサイクロプスの死体を残り二人の魔族へと蹴り飛ばし視界を潰すと、指二本を突き立て向け。
余裕の笑みすら浮かべず、淡々と殺傷力のある魔力弾を人数分放った。
「さて、本当に今度こそ制圧完了………………でも、ないのね」
またも新たな魔力の接近を確認。
ほか有象無象とは違う―――巨大な凪の魔力だ。
「貴方が親玉?」
「否―――我らが頭は魔王様であり、我は此度の大隊を預けられた将軍に過ぎない」
「じゃあ親玉じゃないの…………面倒なカスね」
「………………まあ良い。我が名はシャルマン。魔王軍将軍であり、貴様の仇となる猛者である」
「シフィー・シルルフル―――貴方を殺す女の名前よ。覚えて逝きなさい」
魔王軍将軍、シャルマン。
筋骨隆々―――武士の様な見た目をした魔族だ。
シャルマンは太刀を抜くと、一度深く息を吸い。
吐くと同時に脱力をして、駆け出した。
「魔力形式・1st」
ナイフを作り出し、太刀による一撃を受け止め。
単純な武器の強度と怪力はシフィーの方が上な為、太刀が刃こぼれを起こす―――だが、シャルマンは即対応。
続く二撃目ではシフィーの構えた受けの刃に刃を滑らせ、防御をすり抜ける様な攻撃を。
ただの武器による攻撃ならば、シフィーの肌には傷一つ付くはずもなく―――だが、今回は違った。
頬より一筋の血が流れる、シフィーの血だ。
太刀には切れ味向上の刻印術―――そして、既に解放済み。
シフィー程ではなくとも、魔族の莫大な魔力による刻印解放よって増加された切れ味は、こうも当たり前の様にシフィーを傷つけた。
「どこまで受け切るつもりだ? いや…………受け切れず斬られ続けるつもりだ?」
「これ以上受けるつもりはないわよ…………次は私の番」
言うとシフィーは攻撃を開始。
フェイント兼本命の斬撃を八本同時に放ち―――だが腕の数が増えるわけではない。
数ある様に見える攻撃の内一つをシャルマンはナイフの腹を叩く事により弾き、全ての攻撃を無力化。
腕を叩き上げられた事により、シフィーは一瞬だがノーガードとなる。
シャルマンは既に攻撃体制へと戻った―――狙うはガラ空きの胴。
そして、この攻撃はシフィーの防御力を上回る。
「――――――魔力形式・3rd」
呟いた―――すると、ナイフが変形してシフィーの拳に纏われ。
腕側に魔力の噴出口が付いたガントレットとなる。
一撃、予備動作も要らぬ単なる拳の振り下ろし。
それに際した魔力噴出と風圧―――そして、その結果で地面のタイルが砕けた事による体制の崩れで太刀の軌道が歪み。
真っ直ぐでない斬撃では、シフィーを斬る事は出来ない。
「へぇ、良いフィールドが出来上がったじゃないの」
「戦いの血を癒やし、洗い流す清流の様だ…………確かにこれは良い」
砕けた地面の下にあった水道のパイプが破裂。
雨の様に水が溢れ出し、二人の髪を濡らす。
シフィーは掌に水を溜め、その手を筒のように丸めて一方をシャルマンに向けると、もう一方を全力で叩いた。
水は勢い良く飛び出してシェルマンの視界を潰し―――その一瞬の隙に懐へと潜り込み。
深く腰を入れて、肝臓に拳を叩き込む。
「ぬぅっ…………!」
「こうなったら下がらないわよ」
シフィーは体をゆらゆらと揺らし、その軌道はメビウスの輪。
四方八方、体が弾かれた勢いに重ねて更なる打撃を叩き込み。
その技はこの世界で未だ未開発。
しかし、シフィーは前世の記憶で知っていた。
ボクシング、元世界ヘビー級王者ジャック・デンプシーが編み出し、その名を冠した技―――デンプシーロールだ。
「主人公級の大技よ。効くでしょう?」
「下らぬ技よ………………ッ!」
攻略法は単純、シャルマンは半歩下がる。
それだけで隙間と、太刀を振るう時間が出来た―――だが、詰める。
体を捻りながら屈み、その体を伸ばす勢いで左腕のアッパー。
シャルマンの顎が弾き上げられ、視界は天を仰ぎ。
刹那放たれた右ストレートの衝撃が臓腑を貫く。
「ぬはっ…………! 少女らしからぬ拳を持っている…………ッ!」
「ざっとこんなモンよ…………でも、流石は将軍ね。トドメになると思っていたわ」
鎧は砕けだが、致命傷にはならず。
腹に大きな痣が出来たが、重体には及ばない。
「斬り甲斐が出て来たぞ…………!」
「少し燃えて来たわ」
水道管破裂により冷める周囲とは違い、戦況は白熱―――戦いは、第二ラウンドへ。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




