赤い流星
「そういえばなのだけれど、今回の依頼人って誰なの?」
「ん? てっきりシフィーの嬢ちゃんの方に詳細説明してると思ったが…………聞いてねえか?」
「聞いてないわ。そもそも、こういうのは私の様な新人でなく貴方の様なベテランに説明をするものではないの?」
「そりゃあそうか。ったく、ギルドの奴雑な仕事しやがるな」
指名依頼に際して発生した費用は、ギルドの審査を得た後に依頼人に一部請求する事。
その依頼人が明かされぬという事は、請求先も不明という事―――トラブルが発生した際、責任の所在が不明瞭となる。
「コイツ片付け次第、文句でも言いに行くか―――気い引き締めろ」
ダンジョン最深部―――三人の前には重い石の扉があった。
それはこの先、このダンジョンの核である存在の居る証。
一度倒せば復活はするものの、それまで三日程ダンジョンには一切の魔物は現れなくなる。
冒険者と違い非力な研究者などからすれば、ゴールデンタイムだ。
エリオスは扉を開けて、侵入―――そこは祭壇であった。
神事の飾りと、祀られた一粒の種。
そして、それを守護する様に一体の精霊が立ち塞がる。
木の精霊、ドリアード―――樹木と人が合わさった様な外見であり、操る力は森の怒りそのもの。
一瞥で種を開花させ、三日で平野を樹林に変貌させ。
精霊種の中でもとりわけ上位の力と、信仰を持っている。
「相手の出方は見ねえぞ、下手に打ち合わせもしねえ―――全員、ベストを尽くせ」
「ええ」
「勿論」
合図もなく、三人は各自動き出した―――戦闘開始。
エリオスは槍を投擲、シフィーは魔力形式・1stのナイフを持って突撃。
後方、アイアスは攻撃迎撃用の魔力弾を空中に備え、徹底的な援護に回る。
投擲された槍とシフィーのナイフは両方、地面から生えた枝によって妨害を受ける。
だが槍はエリオスが手を開いてまでばその手元まで勝手に戻り、シフィーはその枝を難なく切断。
双方自力にて妨害をすり抜けて、ドリアード本体を狙う。
「………………中々に、厄介ね」
シフィーは僅かな、魔力の起こりを感じ取る。
それと同時にアイアスが魔力弾を発射―――だが、それら全てがドリアードの発狂により掻き消される。
そして、部屋中に枝が伸び始めた。
薔薇の様に棘のついた枝―――鋼鉄よりも硬く、鞭の様に柔軟。
それが無数に伸び、三人を襲う。
「アイアス、無力化しろッ!」
「もう初めているわ…………!」
アイアスの最も得意とする魔術は、結界である。
その結界の運用方法は通常の防御から、床の様に展開して扱う空中移動や、物の保存まで様々。
そのうちの一つで、武器の無力化というものがある―――相手の手から離れた武器に結界を纏わせ、刃や棘の殺傷力を奪い去る。
それは、携帯化された魔術の中でも術式化の難しい、エリオスの扱う刻印術と同格の難易度を誇る技術だ。
「無力化成功、でもそう長くは保たないわよ…………」
「結構―――刻印解放ッ!」
刻印術の刻まれた衣服に魔力が流れる。
それは全身に血管が伸び、血が巡るような感覚―――一瞬前まで燃料の切れていた機械に補給をして、エンジンをかけた様な感覚。
命が躍動し、全能を手に入れたかの様な感覚。
「行くぜ、全力だッ!」
瞬間、一筋の光が迸った。
エリオスはいつの間にかドリアードの背後を取り、槍を一振り。
枝によって防がれるが、それと同時に放った蹴りでドリアードを蹴り飛ばす。
初めて所定の位置から動かされたものの、ドリアードは焦らずに防衛行動を開始。
無数に生やした枝の一本と融合すると内部に消え行き、別の枝から出現。
枝の槍を掲げると、勢い良く投擲した。
「させない…………!」
凛とその声が鳴ると、投擲した枝の槍は空中にて結界に拒まれ地に落ちた。
「仲が良くて、羨ましいわ」
言うと、シフィーがドリアードの首を落とした。
本体としての意思は既にこの部屋に満ちる枝全体へと移しているのでダメージこそ無いが、現在出ているメインカメラの消失と考えれば無駄では無い。
即座に部屋中の枝からドリアードの分体が出現―――面白くなって来たとシフィーは笑みを浮かべ、続く攻撃を開始しようと構え。
その時、この戦闘中には似合わない軽快な音楽が流れた―――連絡用魔導具の通知音である。
「ちょっとごめんなさいね、連絡が来たわ――――――はい、もしもしシフィーよ」
アクロバットな動きで放たれる攻撃を避けつつ、シフィーは魔道具を耳に当てた。
すると、聞こえて来た音は激しいミリスの呼吸音。
周囲の環境音からして、ただ事では無い。
「魔力形式・5th」
完全な球体の魔力結界を展開して中に篭り―――一時連絡用の環境を用意する。
「シフィーさん、今、どちらに…………?」
「ダンジョン最深部よ…………何があったの?」
「端的に申し上げますわ…………このままでは、ミレニアムは壊滅しますわ………………シフィーさん、至急戻って来てくださいまし…………!」
「………………ええ」
通話を切り、結界を解く。
通話時間はほんの一分未満―――戦況は変わっていない。
「ごめんなさい二人とも―――先に帰るわ」
「はぁ、帰るだあ? そりゃ無理だシフィーの嬢ちゃん! この部屋はコイツを倒さねえと開かねえんだ!」
「開けないで出れば良いのよ―――迷惑をかけるとは思うけれどらきっと貴方たちならこれじゃ死なないと思うから、頑張って」
「死なないって、何を言って――――――」
ダンジョンの壁というのは、長年魔物由来の魔力が染み渡り異常なまでに強化されている。
見た目は崩壊寸前であろうと、その強度は外の建物の数千数万倍に及ぶ―――よって、その破壊は一部例外、冠級冒険者のアドミニストレータの様な存在でなければ不可能とされている。
人差し指を突き立て、その先に魔力を溜め、魔力弾を作るまでもなく純粋に放出。
ダンジョンの破壊―――それは、地形破壊などよりも分かりやすい偉業。
この日、一つのダンジョンの外郭が崩壊した―――内部の魔力は漏れ出し、一度核の存在を討伐すれば二度と魔物が復活しない様に、つまりダンジョンとしての役割を果たさぬ様になった。
「魔力形式・7th」
普段よりも大きな翼を作り出し、シフィーは飛び出す。
上空より遠方、燃え盛る街が見えた―――そして、多く魔族の魔力を感じる。
羽ばたき、現状シフィーの出す事ができる最高速度で街への移動を開始。
尾を引き残された赤い魔力の残滓は、三日霧散せずにその場に残り続けた。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




