原罪
「十中八九、また来るじゃろうな」
店に戻ると、ジュエリーは言った。
何が目的か、レゴリスが長期間続けた作戦をすぐに手放すとは考え難く。
間違いなく次があると考えた一同は、早くも次の攻撃に対する備えを開始する。
「まず今回までと同じ様な攻撃方法ではないじゃろうな。と、いう訳でこれからの行動を決めようと思うのじゃが―――先ずは、お手柄を紹介したいと思う!」
声高らかに言いながら二度手を打つ―――すると!横の部屋から荷台を持ったミリスが登場。
その荷台には、ミリスの戦っていた獣人が縛られて乗せられていた。
「え〜っとじゃな、儂ら全員敵を逃しちまったわけじゃが、このミリスが! 単体で敵を捕らえた! 拍手じゃ」
言われるがままに拍手を。
ミリスは照れた様子で頭を撫でながら、嬉しそうにペコペコと。
荷台の獣人は、目隠しと猿轡をされながら完全に無表情―――これからの己の処遇に全く興味がないのか、死を恐れ心を殺したか。
どちらにせよ、大凡ジュエリーが捕虜に期待した表情ではない様で。
不満そうに目隠しと猿轡を取ると、口から猿轡までを糸引く唾液が切れるより先に舌を突き出し噛み切ろうと即行動。
ジュエリーはそこに己の手を指し込み、冷静に妨害―――そのまま喉の奥を指で弄り、無理矢理嘔吐させた。
「お〜出た出た、大量じゃのう。エゲツな」
吐瀉物には多くの魔石が混じっていた。
全て自爆用―――これまで、これから、どれにしろ彼女の運用方法には自爆があった。
端から、彼女は使い捨ての道具だったのだ。
嘔吐した彼女の瞳には涙が―――表情も全くの無から苦しむ様な色が混じり、先程までは大人っぽかった雰囲気にどこか少女らしさが混じる。
戦争孤児などに見る、涙が枯れるより先に全てに絶望した様な雰囲気だ。
「さて危険因子はもう無いかの。さて質問の時間じゃ――――――」
「――――――これじゃあまだ、子供じゃないの」
ジュエリーの尋問開始を遮る様にシフィーが言った。
女のすぐ前まで行くと頭の後ろに優しく手を添え、赤子を泣き止ませる様に撫でてやり―――目と目を合わせ、女が怯えている事に気づく。
「テメェさんよ―――何にキレてるかは知らんがら魔力を荒立て過ぎじゃ、治めよ。儂以外全員が怯えておるわ」
振り返れば、ミリスは純粋に怯え―――他全員が、敵でも見た様に警戒体制へと入っている。
長く深呼吸をして魔力を落ち着かせると、もう一度女と目を合わせる。
怯えた表情に申し訳なさを覚えながら、優しく頭を撫でて落ち着かせ。
なんとか話を出来る状態まで持っていく。
「貴女、名前は?」
「なっ、名前…………ない………………」
「じゃあ、貴女をここに連れてきた奴の名前は?」
「大人…………おっ、大人の言う事に従って来た………………」
「名前は?」
「皆んな大人…………名前、言われない………………」
「分かったわ、ありがとう――――――」
女を自分の慎ましやかな胸に抱き寄せ―――再び荒立つ魔力を治められず放置する。
それはシフィーの記憶のルーツ、逆鱗に触れる言葉であり。
到底許してはいけない、鬼畜の所業を連想させるのに充分な情報であった。
「今は眠りなさい―――その悪い大人は、私が全員殺してあげるから―――だから、安心して眠りなさい」
言いながら微力の魔力を女の頭に流し―――すると、ぷつりと糸が切れた様に女は眠りについた。
健やかな寝息は正に少女そのもの。
決して、使い捨ての道具になどされて良い存在ではない。
「おいおい眠らせてしまってからに、情報はどうするんじゃ」
「私が調べてあげるから、黙って―――あと、私の宿まで扉を繋げて。この子は私が預かるわ」
「許させると思うか? テロリストじゃぞ―――儂より弱い奴は信頼ならん。この獣人女が逃げたらどう責任を取るつもりじゃ?」
「不思議よね―――あんなに酷く負けたのに、今なら貴女も敵じゃなく思えるわ」
「イキがるなよテメェさん…………試すか?」
「貴女、死んでもそうそう死なないでしょう? やるなら全力を見せてあげるわ」
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かつて、己の名すら持たぬ少女は夢見た―――異世界にて生きた、己の前世の記憶を。
自分な筈の、自分とは姿も声も考え方もまるで違う―――夢だけが同じの存在の記憶を。
男はその日、産まれた国の外―――治安の悪い街を歩いていた。
少しの金と貴重品の入ったキャリーケースを持ち、恥ずかしげもなくシワ一つ無い白シャツを着て旅行気分の足取り。
これは彼の人生史上、初めての海外旅行だったのだ。
少し歩いていると目の前に、ナイフを一本持った少女が現れた。
補足骨ばった体で、握るナイフにすら重さを感じ体を震わせる少女―――道端に横たわっていれば、野良犬の死骸にも身まちがおうソレは叫ぶ。
金を出せ、荷物を置いて行け―――物乞いよりも凶暴に叫び、乞い願う様に男を睨んだ。
男は少女の後方―――建物の影に隠れて一人の男の見張りに気づく。
少女はやりたくて人を襲っている訳では無い―――あの男に命じられてやっているのだ。
そう判断した男は、少女からナイフを取り上げてから己のキャリーバッグから白いシャツを一枚取り出して少女に着せて。
少しの金と食糧も渡し―――メモ帳のページを一枚切ると、そこにペンで地図を描いた。
そこに行って警察に助けを乞いなさい―――そうしたらもう人を襲うのは辞めて、健やかに育ちなさい。
聖人君子の様なツラで言った男は、泣き出した少女を見て満足。
これからの人生に希望が湧いたのだろう、泣くほど喜ばれるなんて、なんて良い事をしたのだろう。
そう思いながらその場を去り、その日は街で一番良い宿に泊まり。
次の日何となく、同じ道を通った。
そこには昨日と同じ様に痩せこけた少女が、地に伏し死んでいた。
この街では高級な綺麗な服、少しの金、食料―――そんな人に襲われるための餌を持たされ、唯一身を守るための武器すら奪われて殺された少女の姿が、そこにはあった。
この街で男は聖人君子などではなかった―――死の材料を整えられ、泣いた少女を放って去るだけの鬼畜だ。
これは、男が初めて誰かの死因になった日の記憶―――そして、初めて大人に利用される子供を見て、初めて子供の死体を見た日の記憶。
シフィーの魂の前任者、虚蕗逢魔の原罪の記憶である。
今起きた!
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




