偽の試験官
「試験って言っても座学なんて無い―――ここで見るのは力量だけさ。テメェさんは儂を襲う、儂もテメェさんを襲う。冒険者が魔物と殺し合うのを人間同士で、命の補償ありでやろうってだけの事さ」
鞘を唾を紐で繋ぎ、抜刀出来なくした状態で八角形の砂場に入るジュエリー。
遅れて砂場に入ったシフィーは砂を手で救い、混じる歯や爪の破片に感動する。
「やっぱりここは最強を決める場所よ。だって、そうなんだもの」
「テメェさんスカした顔してるけど、さては馬鹿じゃろ? 言葉の節々どころか、ど真ん中から馬鹿が漏れ出しておるわい」
言ってため息を溢した後―――ジュエリーは力を抜いて立ち、手招きでシフィーを煽る。
シフィーはこの場の空気に飲まれ、武器を作らずに素手で構え。
爪先に重心を置き、足は前後の自然体。
身体は半身―――前の肩は顎をカバーし、利き手も顎の横に添え、発射に備えて緩く握る。
前手は攻防兼備―――型は状況に応じる。
そんなチャンピオンの構えだ。
「なんじゃその、動きにくそうなのに鏡の前で何百回も練習した様な馴染み方の構えは」
「今に見てなさいな」
言うと、シフィーは駆けた。
究極の脱力などではなく、普通に力み駆け出した。
顎を狙った蹴り上げ―――しかしジュエリーは半歩分身を逸らして回避した。
人が死なない程度の威力速度に調節したとはいえ、紙一重で完璧な回避。
ジュエリーがエリオスより強いと判断したシフィーは、認識を改めて次の攻撃に移る。
蹴り上げた片足が着地した瞬間、ジュエリーに背を向ける形でもう片方の足で蹴りを放つ。
テコンドーの花形、背面蹴りである。
だがそれも当然の様に紙一重で回避したジュエリーは、蹴り放たれた足を鞘で掬い上げてシフィーを滑らせ。
転ばず両手で着地し、一度距離を取った姿を見てケラケラとら笑う。
「怪物が来たと意気込んで来たが、見当違いじゃったかのお。これならソロ坊の方がマジじゃわ」
「ソロ坊誰よ…………魔力形式・1st、魔力形式・7th」
素手は止め、ナンバーの同時使用。
二本のナイフと羽を作り出し、再度突撃。
だが今度は直線的に見せかけて、ジュエリーの眼前で羽ばたき方向の急転換を―――背後へと周り、僅かな苛つきと、この程度は問題ないという信頼を以てして首筋を狙う。
だが不発―――ジュエリーは自身に向けられた攻撃よりも早く、振り返らずに鞘をシフィーの鳩尾に叩き込み。
そのまま鞘の先端を肋骨に引っ掛けシフィーを投げた。
「やはり破けぬか。ふむ、儂のサンドバッグとしては優秀らしいの―――満足した。テメェさん、試験合格〜」
「ジュエリーさんッ!」
その時、突如として部屋に疲れ果てた表情の男が飛び込んで来た。
彼の名はシェリン・タラニフォカス。
冒険者ギルド本登録の正式な試験官であり、元一級冒険者であり―――冒険者ギルドミレニアム支部、随一の苦労人である。
「わぁ、もうバレてしもうたか」
「バレてしもうたじゃないですよ! また新人で遊んで、今月何回目だと思ってるんですか!!!」
「許せ許せ、今回はいつものとは違うわい。ほれ奴を見よ! いつもの才能の無さに気づいて消えてく奴らとは違う――――――まじか!」
シェリンから目を逸らし、ジュエリーが期待した光景は立ち上がり、既に次の戦闘体制へと移っているシフィーの姿。
だが実際はどうだ―――シフィーは子供の様にあぐらをかいて壁に凭れ掛かり、頬を膨らましいじけていた。
「いっ、いじけるではない! 儂が悪いみたいになるじゃろうがっ!」
「いじけてないわ…………」
「いじけとるじゃろっ! うぅ…………ヨシ、最強流行りの菓子を買ってやろう! 好きなだけ買ってやるからな! なっ! 可愛らしい服も買ってやるっ! じゃから機嫌を直すのじゃ! なっ!」
ジュエリーの趣味は、自身に才能があると思い込む若人の打ちひしがれた姿を見る事―――だが今まで絶望する者は多くいたが、こうして子供の様にいじける余裕が残っていた者はいない。
未経験の事態に焦ったジュエリーはあろう事か、孫の機嫌を損ねた祖母と化したのだ。
「シェリンよ! 儂は此奴を連れてまず最近流行りのすいーつとやらを食いに行くっ! お前の試験はもう良い、二級冒険者として合格にしておけ良いなっ?!」
叫ぶと、シフィーを脇に抱えてジュエリーは冒険者ギルドを飛び出した。
ロビーにて待っていたミリスとエリオスの眼前を通過して街に飛び出し―――そして、行方を暗ませた。
「なあ嬢ちゃん、今のって………………」
「シフィーさん、ですわね…………誘拐ですの?!」
二人が驚いていると、シェリンも試験用の部屋から飛び出して来るが既にジュエリーの姿は無く。
呆然としている所にミリスが駆け寄る。
「ギルド職員の方ですわよね。今、シフィーさんが―――私の大切な人が誘拐されて行ったのですが。事件性ありません事?」
「ああ…………これはこれは、シフィーさんの連れの方ですか。スイーツを食べに行くと言っていたので大事にはならないと思いますが………………私の力が及ばずに、彼女を止めきれず申し訳ございません」
「貴方が何方かは存じ上げませんが、苦労していますのね」
「ええ、本当に………………あぁ、胃が痛い」
シフィーについては心配無いと判断―――目の前で居た堪れない様子のシェリンを憐れみながらも、この後の予定について考える。
エリオスとは後日再会の約束をして、ミリスは一度宿に戻る事に。
その日の晩―――ミリスの取った部屋の前に、大量の洋服が詰まった紙袋と共にシフィーが置かれていた。
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