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変態と薪割り

「思っていたよりも話が長引いてしまったな―――すまぬ、あまり面白い話ではなかったであろう?」


「いえ、私は人を見るために旅に出たのよ―――貴女と貴女の彼のこと、きっと忘れないわ」


「そうか、ならば良かった」



 シフィーとエルドラが話す中、センチメンタルな語りに弱い様子のミリスは涙を流しエルドラの言う彼を素晴らしいと褒め称え続けた。


 エルドラがそれを少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに眺めていると、シフィーが何か思いついた様な表情をして、自らのバッグを漁り出す。



「あっ、あった―――ねえエルドラ、もしよければこれを預かってくれないかしら?」


「これは鍵? この程度の物ならば良いが、なんのための物だ?」


「私が元々住んでいた城の物よ―――貴女なら鍵なんてなくても正門を破壊して入れるでしょうけど、それでは色々と不便だから」


「不便? ………………成程、確かにあそこであれば邪魔は少ないが…………良いのか?」


「いつか帰ろうとは思うのだけれど、それまでに別の誰かに占拠されていたは忍びないわ。貴女が住んでくれれば、その心配はないでしょう?」



 シフィーの申し出はつまり、自分の家を差し出すと言う事―――人の入らぬ森の奥深く、墓を建て、エルドラが暮らすには最高のロケーションであろう。



「神話にも載る我を番犬扱い…………まあ良いであろう、その好意受け取ろう。少女よ、恩に着るぞ」


「恩返しは、またいつか会った時にでも貴女の彼の話を聞かせて頂戴」


「奴は人間の中でも中々珍しい生き方をした―――話題ならば事欠かぬぞ」


「とても楽しみにしているわ」



 エルドラは微笑むとシフィー達から離れ、人の姿からドラゴンの巨体へと戻る。

 背にはしっかりと棺を乗せており、鎖で体に固定している。



「もう行くの? 場所は分かる?」


「貴様程の者が長く住っていたのだ、我ならここからでも魔力の痕跡を読み取れる―――少女達よ、最後に名を聞きたい」


「そういえば名乗ってなかったかしら―――私はシフィー、シフィー・シルルフルよ。ほら、ミリスも」



 ミリスを泣き止ませ、エルドラへと目を向かせ―――先程まで話していた女性がドラゴンの姿へと戻っていたので僅かに驚きはしたが、今何をすべきかをシフィーから聞き、状況を直様理解する。



「わっ、(わたくし )はミリス・ロロペチカですわ! エルドラ様、きっとまた、いつかお会い致しましょう!」


「ああ、そこの少女―――シフィーと共に来るが良い。きっと歓迎しよう」



 言い残すと羽ばたき、エルドラは飛び上がる。

 その姿は直ぐに遠くなり、視界を覆い尽くす巨体も月と並ぶ態度の大きさに。


 その純白の鱗は、月光の様に輝き―――そして、どこかウェディングドレスにも似て見えた。



「ねえミリス―――私、産まれて初めて自分より強い生き物を見たわ」


「ご感想はいかがでして?」


「そうね………………とても、美しく見えるわ」



 初めての業者との出会い―――シフィーの心中には怖れ、慄きの濁りは一切なく。

 ただ、世の広さに圧倒され澄み渡った心持ちで空を眺めた。



 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘




「いいタイミングで来たね! 三日も待てば、ミレニアムへ戻る行商人がこの村に立ち寄るよ。それに乗せて貰えば歩くよりも早い―――だから少し、うちに泊まって行きなさいな!」



 旅の道中立ち寄った村、オグリにて―――旅人向けの宿を併設した酒屋を営業する女からの提案であった。

 善意と、客の獲得という下心を兼ねた話―――決して悪いものではない。


 行商人への同行というのも面白いと判断したシフィーは、その話に乗る事とした。


 村唯一の宿であるその店に荷物を置いてから、二人は旅人の定番であるという路銀稼ぎを。

 最初シフィーは貴族令嬢であるミリスを路銀のアテとしていたが、急な旅立ちだったのでそこまで金を持っていないとの事。

 ならば都度都度稼がなければ、補給物資の購入も叶わないのだ。

 

 力仕事や雑務などの手伝い、旅の武勇などを語ってやり僅かな小遣いを稼ぐというのが旅人としては定番―――男の旅人相手であると警戒する者も多いが、その点シフィーとミリスは両者容姿の良い女という事で心配はなく。

 村の者達は、簡単に二人を受け入れた。



「腰が、腰が痛えですわ!」


「箱入り娘………………」



 二人揃って、依頼された薪割りをしているとミリスが早々に苦情を申し出た。

 大きな斧を片手で、軽々と振るうシフィーとは違い、ミリスの身体能力は人並み。

 普段扱う中で最も重い物といえば、刻印術で軽量化したマスケット型魔導中―――それでも、この斧と比べれば多少マシな上に、中腰で上下に振り回したりなどしない。



「仕方ないわね、ミリス―――土台と斧をこっちに頂戴」



 そう言って要望通りの物を受け取るとシフィーは、二本の斧を片手ずつに持って、それを軽々振い薪を割った。



「ミリスは薪をセットして」


「分かりましたわ!」



 役割分担を済ませて、二人の薪割り作業は急ピッチで進行。

 一定のテンポで、甲高い音が響き続ける。



「シフィーさん…………(わたくし )、薪をセットするのに最適な位地は、土台を挟んでシフィーさんの目の前にしゃがみ込む事だと確信しましたの………………」


「ん? うん…………そんな発表するぐらい嬉しかったの?」


「いえ、それ自体は別に…………ただ、気づきましたの…………こうしてローアングルで見てると、小さいけれど確かにあるシフィーさんのお胸が、ぽゆんと小さく揺れているのがよく見えまして………………」


「ミリス、貴女面白いぐらいに清々しく気持ち悪いわね」


「褒めても何も出ませんでしてよ?」


「褒めてないわよ」


「いいえ、褒め言葉でしてよ」


「心が強いのね…………」



 雑談混じり―――誘拐される事もなく、ドラゴンが現れる事もなく。

 旅の疲れを癒せる様な、牧歌的な昼下がりである。

今まで書いた話史上、一番前後の落差がひどい



(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)

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