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無謀の果て

 逢魔がフリートの肉体に入るより少し前、ミリスは長い廊下を駆けている。

 この戦いに於ける司令塔であり、今ミリスが最も必要とする能力の持ち主、ジュエリーの居場所まで、一心不乱に。



「ジュエリー様! 今すぐ(わたくし)をシフィーさんの元へ送ってくださいまし!」



 指令室へ入るや否や言うミリスに、ジュエリーは眉を顰める。

 部屋の中では、どこか怒声に近い報告の声が交錯しており、何か問題が起きているのだと一目で分かる光景であった。



「ミリス、悪いが一大事じゃ! テメェさんの私情には付き合ってられん!」


「そんな事は分かっていますの! シフィーさんの身に何か起こられたのでしょう!?」


「っ…………ああ、そうじゃ。あやつ一人が連れ去られ、魔力反応も見つけられん。今多くの魔術師を動員して探してはいるが、捜索は困難を極めておるわい」


「だからこそ、(わたくし)なのです!」



 言いながら、ミリスは服をはだけさせ――――自身の背を見せると、体内を巡る感覚に従って魔力を流した。

 すると、以前は切断された腕に刻まれていた刻印術が浮かび上がる。



「前の物から改良し、(わたくし)の魔力が流れたとき以外は見えず、魔力探知にも引っかからないようにしたんですの。これを使えば、いつでも(わたくし)の位置をシフィーさんにお伝え出来ますの。つまり――――」


「逆探知も、可能…………! よくやったミリス!」


「急いでくださいまし! (わたくし)、命無いシフィーさんなど見たくはございませんの!」


 「任せておけい」



 ジュエリーはミリスの背に手を当て、か細く繋がっているシフィーの魔力を辿る。

 そうして三十秒程――――ついにジュエリーが背から手を離すと、空間に穴を開けた。



「ミリス、テメェさんはやはりここで待っておれ! 儂が全力を出せば、異界程度…………」


 言っている内に、ミリスは穴へ飛び込んだ。

 久方ぶりの実戦に震える手を抑え、落下地点をしっかりと見て深呼吸を。

 そして、己の扱う魔法を呼ぶ。


「――――始祖の獣(モード・ビースト)



 扱いの半端であったいつかとは違い、派手に炎は出ない。

 靴の裏が白に染まり、熱を帯びる。

 発炎前のように、パチパチと火花が散り、次に放つ一撃を待ち侘びるように己の存在を主張した。


 

 「獣皇咬踏刻(バニシング・プライド)

 


 瞬間、靴の底は着地地点――――魔王の背へと触れ、猛熱が瞬いた。

 周囲一帯を焼き払う劫火ではない、対象を死ぬまで苦しめる種火でもない。

 ただ一点、敵を焼き貫く一撃だ。



「お前は…………そうか、刻印術を辿って!」


「何故それを知っているのかは存じ上げませんが、貴方シフィーさんの敵ですわね」



 一度床に着地してから、猫のように跳ね――――空中でくるりと身を回してから放つ、魔王の顔目掛けた二撃目の蹴り。

 だが今度は足の方向を流されて、炎は明後日の方向へと放たれた。



「お転婆娘めが、手を煩わせよって」



 気配と魔力を完全に隠し、忍び寄ったジュエリーが呟く。

 空間を曲げ、炎の軌道をずらして魔王へ直撃させると、倒れ込んでいるシフィーを連れて二十メートルの距離を確保。

 この距離は、ジュエリーがベスターの正面突撃を魔法で対処出来た最短の間合いである。



「ミリス、ジュエリー!? どうしてここに…………!」


「どうしてもこうしても、テメェさんの不覚の尻拭いじゃボケが。で、何じゃあれは。混じっておろう」


「…………異世界から来た、私の前世…………虚蕗逢魔がフリートの体に入ったよの。魔力を根こそぎ持ってかれたわ」


「厄介じゃのう…………じゃが、来たのか儂らでよかったやも知れん」



 ジュエリーは太刀を抜き、ミリスは靴底に炎を貯める。

 既に傷を回復した逢魔がゆらりと立ち上がるのを見て、シフィーも何とか立ちあがろうとするが、やはり体に力は入らない。



「シフィーさんは休んでいてくださいまし。ここは、(わたくし )達が相手しますの」


「ミリス、貴女じゃ…………っ」


「貴女のミリスを、どうか見守っていてください」



 靴底から、一瞬の発火。

 その爆発力でミリスは駆け出し、地を蹴るというよりかは超低空飛行のような軌道で逢魔との間合を積める。

 だが途中、フリート由来の魔法、星の知覚によって発動した魔術で空間が引き延ばされ――――ミリスはどこまでも加速するが、逢魔へ辿り着くことはない。

 それに気づくと、ミリスは人差し指、中指、薬指に炎を灯し、デコピンの要領で発射。

 炎は魔力をも焼き、引き延ばされた筈の空間を突き進み逢魔へ近づく。

 それを逢魔は腕で受け、わずか一瞬ではあるが視界が塞がる。

 それと同時に、ジュエリーが残りの引き延ばされた空間を何事もなく戻して、加速に加速を重ねたミリスの突撃の接近が再開される。

 音速を超え、放たれる三撃目の蹴り――――充分な魔力と、充分な戦闘の教材を持つ逢魔の頭に、対処の手段は多くある。

 だが惜しむべきか、奇しくというべきか、足りなかったのは戦闘経験。

 記憶した手段を持ち出すだけの冷静さと、実力が未だ伴っていないのだ。


 放たれた炎が、逢魔の上半身と下半身を分つ。

 体は即座に服ごと再生するが、逢魔は何が起きたのかを理解出来ない内に次の攻撃を浴びせられる。

 破壊と再生を繰り返す内に、逢魔は状況判断を諦める。

 代わりに、莫大な魔力を一点に集めて、腹の中で炸裂させる――――自爆を選んだ。


 ジュエリーは空間を曲げて己のシフィーを守り、ミリスは炎で魔力を焼き自衛。

 それぞれ対処はしたものの、爆風で攻撃の手は一時休まる。


 気を改めて、再度攻撃を――――ミリスがそう思った次の瞬間、この場で聞こえてはいけない言葉が響く。

 魔王戦の王道であり、テンプレであり、定番。

 異世界の書物に於いて、多くの読者へ絶望を与えたその展開の名は――――ラスボスの、形態変化である。



「――――因子覚醒」

読んでくださりありがとうございます!

もし面白いと思ってくださった方は、レビューや感想、ブクマなどもらえると嬉しいです!


(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)

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