逢魔が時
己の成立した瞬間を、よく覚えている。
ヘドロの様な流体として産み落とされ、失敗と投げ捨てられ、ありふれた魔力溜まりに落ち着いた。
それから数千年と時を経て、魔力の配列が天文学的確率の上で成った――――当時、神々の子として創られた人の成長材料であった魔物は、成長までの糧でしかない我と似て見えた。
我は優れていた。
魔物の身体技能を理論で模倣した魔術の理解速度、そんな魔術を凌駕する力、魔法の才能。
その双方を兼ね備えたが故に、手を伸ばせば全てを得られると思った。
だが、その少し後だ――――手を伸ばさずとも、全てが自ずとやって来る存在、王と出会ったのは。
当時、神々は未だ君臨者であった。
その無限の寿命から見れば、未だ成立したばかりの世界を愛で、慈しみ、楽しむ存在。
人と同じ程まで己の位を下げ、始祖などと名乗り対等に生きる選択肢など、毛ほども持ち合わせていなかった。
我はそれに憤った。
たかだか創造主が、我を見下すことへの憤り――――そして、あの日この我を失敗作だと捨てた母への憤りだ。
魔物の軍勢を引き連れ、母の根城へ襲撃を仕掛けたのは、そんな短絡的な怒りが冷めやらぬ内の事。
少しでも冷静さがあれば気づけた筈だ――――この我を創り、失敗と投げ出せる者の強さが、計り知れぬことぐらい。
その対面は、初めてに満ち溢れていた。
屈辱と、畏怖と、尊敬と、憧憬と――――圧倒的な、強さに見出した美しさの本質。
揺るがぬ彼女へ、我は下った。
息子として、下僕として、従者として、生徒として、兵隊として。
母、メリー――――魔王は、我の夢となった。
誰がなんと言おうと揺るがぬ、我の根幹。
唯一譲れぬ、絶対と。
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「言いたかないけれど、貴方魔王としては格不足よ」
その言葉を聞き、フリートは全身の力が抜けた。
迫るシフィーが、かつて憧れた魔王と重なって見え――――ここまでか? 終わるのか? これが君臨か? これが魔王の最後か? と、そんな考えが、ただ脳内を埋め尽くす。
「そんな筈、あってはならない」
フリートが、言葉を漏らした。
それと同時に、体からふつふつと魔力が湧き上がる。
血のように赤黒く、マグマのように熱く、漲る。
「我は、成らねばならない…………」
不意に、シフィーが眩暈に見舞われた。
記憶の底をかき回されるような不快感が、共に襲い掛かる。
「我は、必ず魔王に…………!」
「分かるよ」
そう呟いたシフィー自身も、驚いていた。
勝手に口が放った言葉だったのだ。
何かがおかしいと、急ぎ戦いを終わらせるべく霧切を振り上げ――――瞬間、膝から崩れ落ち嘔吐した。
吐き出されたのは胃の内容物ではなく、魔力。
その魔力は自立し、フリートの体に纏わりつく。
「分かるよ、成りたいんだよな。何を捨てても、人生を賭け、投げうってでも。手段を選ばず、身の程を知らず恥をかいて、誰に嘲笑され貶されようと、成りたいんだよな」
魔力に口が出来、フリートへ語り掛ける。
この世界の常識で、魔力に意思などない。
自立し、言葉を介するなど、ありえない。
「俺は俺、お前はお前――――成りたいように、成ろうではないか」
絶対に、これを放置してはいけない。
シフィーはそんな確信を持って、立ち上がり攻撃を仕掛けるべく体に力を込める。
だが、妙な脱力感があった。
気がかりでは、ある――――あるが、シフィーは考慮せず。
何が起こるより早く、戦いを終わらせられるように努める。
「魔力形式・ 10th。王片――――」
魔力の収束が、起こらなかった。
シフィーの保有する魔力量は、その言葉通りに底なしだ。
王片閃黒一発の魔力消費量は、威力を押さえていても世界の魔力消費を数年賄える。
そんなものを、周囲に対する影響を考慮しなければ、通常魔力弾と同じ感覚で放てる程だ。
故に、意識すらしたことのない魔力の底が、今顔を見せた。
「フリート、期待しているぞ」
シフィーの吐き出した魔力が、フリートの肌に吸収される。
赤かった髪は白く染まり、シフィーに負わされた傷は完治――――そして、纏う魔力の質が変わった。
「消耗が大きかったか、眠ったな――――ならばこの体、俺が一時預かるとしよう」
「…………貴方は、私の…………!」
「シフィー、これまで世話になったな」
シフィーは、その意思が何者かを知っている。
魔力となり、話していたのが何者なのかを知っている。
持っている夢も、その性質も知っている。
主人公に憧れ、幾度も深い絶望を味わった男、虚蕗逢魔。
その本質を俯瞰して見れば、主人公を影より睨む、魔王が良く似合う。
「その体は、俺の夢にもういらない――――故に、散れ」
バルムンクをシフィーの喉元へ突きつけ言った。
鋒が皮膚に食い込み、血が滴り――――まさに、絶体絶命のシチュエーションだ。
シフィーは考える。
どうすればこの場を切り抜けられるのか、どうすればこの窮地を脱せられるか、どうすればこの危機的状況を打破できるか、どうすれば、勝てるか。
死なない、への考慮は少しも孕まず、ただ殺意を尖らせている。
死に際の獣というものは厄介であると、逢魔は分かっていた。
裕福な家庭で育った少年の怒りよりも、数ヶ月ぶりにありついたパンを奪われた少年の方が恐ろしい――――バルムンクの柄を握る手に力を込め、シフィーの首を断ち切ろうとする。
そして、いつぶりかに考えた。
どうして自分の周りには、こうも主人公がいるのだろうかと。
「――――獣皇咬踏刻」
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