月夜を見た者
砂の海に潜水し続け、漸く地上へと顔を出したレゴリス。
それに掴まり引きずり回されていたシフィーは、ぺっぺと口の中の砂を吐いてから辺りを見渡した。
「お連れしました、フリート様」
「ご苦労」
その声を聞き、最初にシフィーが取った行動は、ため息だ。
呆れたように、態とらしく息を吐き出してから、立ち上がり、部屋の奥へ目を向けた。
「またこの場所なのね――――ボス戦でステージ使いまわしだなんて、予算不足が疑われるわよ」
「前回は勝手に入って来たのであろう」
謁見の間にて、玉座に腰掛けるフリートの姿。
前回は見えていなかった台座の中、メリーの姿を目にすると、シフィーはギョッとする。
「それ、お母さん?」
「ああ、そうだ」
「何度か似てるとは言われたけど、本当に私とソックリなのね。違うのは、髪が貴方と同じで赤いことぐらい」
「髪は、人体に於いて心臓に次ぐ魔力量が籠っている。その色を継いだ我と、姿だけが似ている貴様。どちらが優れているかは分かるな?」
「どうかしら? 貴方を殺してから考えておくわね――――ミリスを攫われてから、お前を殺せるこの瞬間を待っていたわ」
言い放つと同時、シフィーは部屋中に蜃の霧を充満させた。
敵の視界を制限し、遠距離での撃ち合いを一方的なものとし、レゴリスの砂化も封じるための一手――――だが次の瞬間、シフィーは誤算を目にした。
「これで私を無力化できたと、本当にそうお思いで?」
「レゴリス、どうして…………!?」
「無論、お教えしませんよ」
回し蹴りで、レゴリスの胴を消し飛ばすシフィー。
続けて放った魔力砲で散った砂を消し飛ばそうと挑むが、効果はほとんどない。
「もう打つが手が無いようですので、こちらからの攻撃に移らせていただきます」
「そうね。今、貴女を殺すのは無理だと私も思うわ――――でも、私を見くびり過ぎよ」
言い、シフィーは魔力形式・1stを無詠唱、そして遠隔で複数発動。
レゴリスの四肢のあてがうように作られた刃が、砂に侵入し体を一時分断させた。
ここまでならば、レゴリスにとって何もなかったと言い切れる出来事だ――――しかし、次の瞬間、刃が変形して、切断した四肢を閉じ込める箱となった。
動揺し、四肢がないにも関わらず浮遊魔術を発動し損ねたレゴリス――――その失態に気づいたのは、自分の視界がシフィーの魔力で真っ赤に染まってからであった。
「自分の秘書が封印されたのに、何の関心もなさそうね――――ねえフリート、次は貴方よ」
「非戦闘員一人に勝っただけで、随分と嬉しそうだな――――シフィーよ、貴様は我に勝てんよ」
フリートが、ぱちんと指を鳴らした。
すると蜃の霧がとたんに消滅し、王座より立ち上がるフリートの姿がシフィーにも見える。
「今より我が教えてやろう――――本当の戦いというものをな」
「余計なお世話よ」
シフィーを囲うように、無数の魔力弾が発生し、一斉に放たれる。
直撃寸前で回避したシフィーが土埃の中から飛び出し、片手に魔力のナイフ、片手に霧切を持ち、フリートの元へ駆け出す。
フリートはバルムンクを抜き、迎え撃つ構えを取り――――次の瞬間、胸に衝撃が走った。
無詠唱の、魔力形式・2nd。
魔力の鎖が、心臓を貫いたのだ。
「貴様…………!」
「あら、余所見だなんて、随分な余裕ね」
フリートが胸の鎖に気を引かれた一瞬で、刃は首筋に添えられた。
それを引いて掻き切ろうとすると同時に、フリートは全身を水蒸気に変えて物理を無効とし、シフィーの背後で肉体を取り戻した。
「甘いわよ」
シフィーが行った防御は、魔力の放出。
一見、ただ魔力を浪費して見えるが、その実は魔力を細かい粒子に分解し、それをより細かい魔力の連結で操作するという、高等技術だ。
他の相手に、他のシチュエーションでこの防御を使っても殆ど意味はないが、今水蒸気となり、体を再形成したばかり、魔力同士の繋がりが弱いフリート相手ならば話は変わる。
体が魔力で出来た魔族に、自分の魔力を混ぜ込む。
エルドラが半年前にフリートへやった時間稼ぎと、同じ効果があるのだ。
「言いたかないけれど、貴方魔王としては格不足よ」
言いながら、ノールックで魔力弾を撃ち込む。
シフィーの魔力が邪魔をして、魔法による回避行動がとれないフリートはその攻撃を腹にくらい、何百年ぶりかの恐怖をその身に宿した。
かつて自身の命を脅かし、魔王として君臨した存在、メリー・シルルフル。
その記憶は、フリートの長き人生で最も鮮烈な記憶として残り続ける。
誰かが主人公を目指したのと同様に、フリートが今も魔王たらんと勤める程に。
忙しさ次第で、明日から更新再開したいなあと思います




