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死が二人を分とうと

 愛い人の子よ―――我に目を向けてくれるな。


所詮は人の形を模しただけの、重さも温度も何も感じぬ体―――お前のその笑みが、そんな我に温かさを押し付けるのだ。


 お前がこの世に生まれ落ちるまで、我はこれを孤高と呼べたのだ―――お前がこの世に生まれ落ちたから、我はこれを孤独と呼ばざるを得なくなったのだ。


 我が永遠を求める旅に、お前は我に優しく終わりを差し出した―――日々を、歳を以てして。


 最後は、己の命を差し出してまで。


 ああ愛い人よ―――こうなると分かりながら、どうしてお前は我に愛を教えたのだ。

 どうして我に、温もりを与えたのだ。


 


 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘




 シフィーとミリスの二人は、エルドラと出会った地点の側でその日の晩を過ごす事とした。

 それはエルドラの願いにも沿っての事―――エルドラ曰く、その同居人の事を自分だけが記憶しているのでは寂しい。


 どこの誰でも良い―――少しの時間をかけて自分以外の誰かに、その同居人の事を記憶して欲しいのだという。



「我は竜の里を出てからというもの、世界樹の根本にある村で守神の様な事をしていた―――裕福でも貧困に喘ぐ訳でもない村であったが、世界樹の特性上魔物を集めるのでな。

 あれは、今から八十五年前の話であった。

 その村に住む娘が、一人の男児を我が住処の元に捨てた―――村の者は全て生まれより知る吾子の様な者。

 愚かな行為だが、事情も知っていた故、助けてやることにした。

 魔物を退けてやる代わりに我が食糧に加えて乳を運ばせ、その赤子にやる日々―――我が巨体で赤子に触れるのが危険だという事はすぐに思い至ったし、その解決方法である人化の術もすぐに習得出来た。

 いつかは人に返すつもりであったその赤子を、いつしか我は我が子と感じる様になった―――村の者達よりも近く、我が生活に欠かせぬ存在だと感じる様になっていたのだ。

 だが我は、その感情を悪とした―――この子は人の子、ならばいずれ人の元に返す。

 それを溺愛でもして一生我が手元に残そうなど考える様になってはいけないと考えたのだ。

 故に、奴に物心がついた頃から我は奴に、我はお前の親ではない。

 お前を拾い、一時的に育てているに過ぎないと教え込んだ。

 だが奴は妙な性格でな、寧ろそれを喜んでいた。幼き頃の奴は、我によく愛を伝えた―――拙い語彙で、愛を伝えた。

 子が親に対する親愛を恋愛と取り違えるなどと言うのはよくある話―――最初は、そう思っていた。

 我は奴が二十になった日、巣を出る様に命じた。

 世界に触れ、人間に触れ、様々な雌に触れ、我のことなど忘れてしまえと命じた。

 奴が手に入れた力を悪用する様な人間では無いと分かっていたのでな―――旅立ちを見送る日には魅了の刻印をつけてやり、気に入った女であれば清楚の化身であるエルフの姫ですら抱ける様にしてやった―――だが奴は旅に出て十年すぎた頃、ほんの少しの外出から戻る様にふらっと我が元へと帰って来た。

 そして我に旅の日々を語った後、昔と変わらぬ様に愛を語った。

 魅力の刻印は一度とて使用された形跡など無く、奴を舐めていたと我も反省をしたよ。

 奴は語った―――様々な人を見た、だがその中に私は貴女を見ることが出来なかった―――だから、帰ったと。

 我は一つ失態を犯した―――いっそ、我を親だと教え続けていれば、いつしか親離れだと奴を人の元に返せたやもしれない。

 だが、我は我を親でないと教え続けた―――奴はそれを理解して、我を親でない女と見た。

 こう思い出し自ら語ると恥ずかしくもなるが、奴は我程慈悲深い生き物を知らぬと語ったのだ。

 我は確信した、やつの気は変わらぬと―――きっと、記憶から我の全てを消して放り出したとて再びこの地に舞い戻ろう奴を、我は突き放すことが出来ぬと。

 人の短い人生だ―――我は、奴を休ませてやる事にした。

 幼い頃から多くを学ばせ、旅に出し―――世間一般で言う子供らしさなど与えなかったのでな、所謂男としての幸せだけでもやらねばと思ったのだ。

 我は奴と結婚してやる事とした。

 教育者で無く嫁として、我のありのままの姿を見れば案外飽きて人里へと帰っていくやもしれぬと思った。

 元々風習なんかの()()()()()()()が嫌で竜の里を出たのだ、そんな我は世間一般で言う自堕落であろう?

 それなら、奴に呆れられるのに性格面で不足なしと判断したのだ。

 だがこれがなんだ、奴はまるで飽きなかったな―――あれから七十年、ついぞ死ぬまで我と生きよった。

 奴には最後まで、嫁らしい事をしてやらなかった―――家事は出来るが奴の方が上手(うわて)であったし、(とこ)も我はそれ程、奴が望んだ時だけ。

 子すら作らずにいたが、奴は我だけで良いと言ってくれていた―――そしていつしか、我もそれに頷く様になっていた。

 我は奴の親にはならなかった―――そして、立派な嫁になれたとも思わぬ。

 だが、互いに好いていた―――それを我から伝えてやる事はそれ程多くなかったが、きちんと最後には伝えてやった。

 きっと奴は満足して死んでいったであろう―――その証拠に、奴の魂は既に天に昇っておる。

 残された我は、どこか静かな場所に奴の墓を立てて、静かに終わらぬ時を過ごそう。

 それが子を拾った者として、親になりきれなかった我への罰―――人に惚れてしまった、人外の末路である」

読んでくださりありがとうございます!

もし面白いと思ってくださった方は、レビューや感想、ブクマなどもらえると嬉しいです!


(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)

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