王手
「あら、生き残ったの?」
地面に転がった丸焦げの体より復活したアドミニストレータが、自身に向かい言う。
キノコ雲を一瞥し、それから周囲に目を向け、焼けて無くなった服の代わりを探すが見つからない。
仕方がないので恰好の事は諦め、魔術で浮遊。
制御魔術で飛び回っていると、爆心地のど真ん中に奇妙なものを発見した。
何かを押し込めた様な、真っ黒の箱。
サイズは掌に乗る程度だが、感じ取れる魔力からして内部の空間は拡張されている。
厳重な封印が施されていたようだが、どうやら爆発の寸前に解かれた様で――――何かが、現れる。
「――――爆発の種子」
気づいてからの行動は早い。
通常の種子に於ける最高威力に設定して、投じ、起爆――――巻き起こった爆炎の中から、黒い霧様なものが現れる。
瞬間、アドミニストレータは逃亡を開始。
種子を無差別に撒きながら全速力で、その場から遠ざかる。
だが既に遅かった。
黒い霧を見た時、直ぐ危機に気づき逃げたとはいえ、少なくとも見た瞬間は油断していた。
死神は、身構えているときは現れない。
そして、油断する者に死を届ける。
「…………っ!!!」
痛みで声は上げない、絶望もしない。
直ぐに警戒態勢へ入ったからこそ、これだけで済んだと安堵しながら、己の欠損した右足へ目を向ける。
死神によってつけられた傷は治らないが、出血や悪化も無い。
右足という存在が死に、傷も死に、癒着した肉の断面が残るのだ。
今アドミニストレータがやるべき事は、自分の守護によって安心、油断し切っている住民が大勢いるガリヴァーから少しでも死神を離す事。
そして他戦力との合流だ。
候補は二人――――現在最も近い王権都市のミレニアムを守護するブルーノか、油断しないという点に於いては敵に集中して楽しみ続けるだろうという確証のあるカイエン。
どうするかと考えながら振り返り、追って来る死神との距離を確認。
そこには死神の影も形もなく忽然と姿を消していた。
「――――アトランティス」
何か理由がある訳ではないものの、死神はアトランティス――――ソロモンの元に向かったのだと思った。
ため息を漏らすと、空中で動きを止めて空に向かい回収希望の魔力信号を放つ。
ほんの一秒程度で目の前の空間に穴が開き、それを通れば拠点の城。
待機していた冒険者達が裸に驚くも構わず、自分が使うようにと言われた部屋へと帰る。
「いちばんつまらない終わりじゃない――――こんなの」
言うと、ベッドのシーツに包まって目を瞑る。
少し経てばスースーと寝息を上げ始め、アドミニストレータは戦いから離脱した。
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「…………漸く、余の元にも敵が現れたか」
謁見の間、シャンティーは侵略者雑多の対応に充てており、他の兵も同じく。
この部屋にはソロモンと、霧の様に現れた死神しかいない。
「神の前でその態度、不遜極まる」
「ほう、話せたか――――何、格下の前でひれ伏す愚か者などおるまい。貴様は悠々と片膝でも突いていろ」
「たかだか人の王如きが、粋がるなッ!!!」
死神が叫ぶと、部屋中に黒い霧が広がる。
霧に触れた個所から床タイルが灰となり崩れ落ち――――それを見たソロモンはため息を一つ溢し、王座の肘置きを人差し指で叩いた。
ただそれだけが、快不快の表し――――ソロモンの価値観で格下と烙印を押した相手の完全支配。
既に魔法は発動している。
「どこぞの婆から聞いてな、知っているぞ――――神にも王が居よう」
死神の体を構成する骨が、足元から折れ始める。
地獄の窯を開けたかのような絶叫が部屋中に響くが、ソロモンが意に介する事は無く。
己の言葉を平然と続けた。
「王が神の上に君臨するならば、王の中の王である余は神以上の存在――――皆まで言ってやるが、貴様は余の格下だ」
頭蓋だけとなった死神が浮き上がり、ソロモンの手元まで運ばれる。
コトっと音を立てて肘置きに置かれ、指で小突かれ――――肉体の復活に挑戦するも、魔力の出力が封じられて敵わない。
「不遜なる骨よ、よくも神の分際で余の領域を犯したな。万死に値するぞ」
「我は死を司る者。それに死を与えようなど思い上がるな」
「まだ学ばぬか、神というのも存外馬鹿だな――――死神よ、貴様に自害のみを許可する」
瞬間、頭蓋の中が黒い霧で満たされ、元の形状を失った。
この世から一柱の神が失われ、ソロモンの心に更なる自尊心と侵略者への怒りが培われる。
一歩動くことなく、この舞台に於ける戦いは幕を下ろした。
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