湿地に咲く
時は遡り七十年前年前、少女は雪原に伏していた。
魔物同士の戦いに敗れ元居た土地を追われ一ヶ月日――――砂漠が翌日には湿地になっているような安定しない魔界だ、いつの間にか雪に囲まれ、食事どころか土から養分を接種する事も叶わなくなり。
寒さとエネルギー不足と、二つの危機に苛まれ最早意識は途切れる寸前。
母はいつから居なくなったか、父は敵に殺されてしまったか、そんな事を走馬灯代わりに考える。
思い返せば、最後を除きそう悪くない生涯だったのだ。
個ではなく群が一つの生き物として生きるドリアードは、互いに結束が強く愛情に満ちており――――温かな日差しも、他生物が嫌がる雨すらも心地よく糧となる。
全てが良かった。
体だけでなく頭も動かなくなり始め、いよいよ終わりかと考えていると、どこからか足音が聞こえた。
近づいて来て直ぐ傍で止まり、ぱちんと指を鳴らし――――すると突然、少女とその足音の主を含んだ範囲で円形に雪が消滅した。
「上質な魔力だ、見込みがある――――お前、この我に仕える気はあるか?」
男の声だ。
パリッとして筋が通り、媚びず、威圧せず、ただ必要を乗せた無機質な声。
「つか…………える…………?」
「そうか、ものを判断する力も最早残ってはいないか――――では、本能に問うとしよう。お前は死にたくないか?」
「死にたくない…………?」
そこまで聞いて気づく、この男は自分の救い主なのだと。
今応えれば助かる、死なずに済む。
死にたくないともう一度、はっきりと言えさえすれば。
「私は、生きたい…………! 助けてく、ださい…………何でも、何でも、します…………!」
「生きたい、か…………それは死なないよりも随分と難しい話だな。我も未だ経験がない…………気に入った、助けよう」
男は少女を抱き上げると魔法でトーチを宙に浮かせ、雪を消しながら自身の拠点へと帰る。
体温を感じ、鼓動を感じ、安心して少女は目を瞑る。
待っているのはもう死ではない――――どうか、これからの日々が安寧に満ちたものであることを願い、眠りについた。
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少女が目を覚ますと、そこは温かなベッドの中。
体を起こし、毛布を退かし、部屋の中を歩き回ってみる。
元々住んでいた集落とは何かが違う、少なくとも生きていくために必要な物ばかり集めた部屋ではない、贅沢な部屋。
今度は部屋を出て、ペタペタと足音を立てながら廊下を散策する。
「そうか、母上は相変わらずか」
「ええ。ですが魔力ももうじき四割を切ります。魔力を分解し続ける聖域の中で戦いを継続すれば、十年も持たないでしょう」
「漸く十年か…………アレは怪物だな」
「僭越ながら、魔力量を見ればフリート様も大差ないのでは?」
「馬鹿なことを言うな。我が聖域に入れば持って一ヶ月。戦闘しながらならば一日で魔力切れを起す――――元々母上の力を分けられただけの我ら兄弟。魔力の総量も、回復速度も、遠く及ばない」
その声は、少女を救った男のものに他ならず。
声を追って廊下を行くと、そこにはこれまた贅沢な服を着た赤髪の男。
この人に救われたのかと思うと少女は心が震え――――片膝を突き、無意識に敬礼の形を取っていた。
「フリート様、誰ですか? この小娘は」
「最近拾って来た。母上に近づく鍵になろう――――お前、名は何という?」
「名前…………私、ドリアード」
「そうか、個体名の無い種か。ならば勝手に名付けてしまおうか」
窓から外を眺めると、湿地に生える草に目を付けた。
見てくれのいい少女だ、きっとあの草の花言葉に似合う女へと育つだろうと命名を確定させる。
「アンジェリカだ――――今日からお前はアンジェリカと名乗れ」
「アン…………ジェリカ…………」
「そうだ。そして我が名はフリート・シルルフル――――アンジェリカよ、今一度問おう。この我に仕えるか?」
「仕える…………そっか」
理解する、無意識にとったこの体制はこの返事のためだったのかと。
言葉は選ばない、放つべき言葉は既に知っている。
「ドリアード、アンジェリカ――――貴方様へ、絶対の忠誠を誓います」
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