世を見下ろす獣
「シフィー殿、次の目的地はありますかな?」
「特に無いわ―――暫くは道なりに、流れに身を任せようと思っているの」
「では第二のテストに少々お付き合い願い頂けるかな? ここから最も近い王権都市、ミレニアムへと向かっていただきたい」
「ミレニアム? そこには何が?」
「訳あって私の妻が住っているのだ―――その妻に、手紙を一通届ける事を第二のテストとしたい」
「良いわ、じゃあ次の目的地は決定ね」
街の端にて、見送りに来たロベリスとの会話で次の目的地は決定。
二人は荷物を背負い、街の外へと出る。
「ではお父様、行って来ますわ!」
「道中気をつけて、あまりシフィー殿にご迷惑をかけぬ様に心がけるのだぞ」
「もう、執拗いですわよお父様―――でも、ありがとうございますわ!」
「私からも、これまでありがとう―――連絡を取る事があれば、ロジックにまたいつかと伝えておいて欲しいわ」
「ああ、必ず伝えよう」
こうして二人は街を出た―――成り行きなのは変わりないが、シュレディンガー領を出た時の様な緊急ではなく、落ち着いた心持ちで。
新たな景色や出会いに心躍らせながら、新たな旅路へと着く。
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「シフィーさん、そろそろ昼食にいたしません事?」
「肉とパンのストックがまだある…………っと、肉の方は少なくなって来てるわね、少し森に入って補充しましょう」
「狩りですので! 私ぜひお供いたしますわ!」
旅に出て三日目、特にこれといったトラブルもなく、二人は森に沿う道を進んだ。
木々の感覚が広い森だ―――シフィーの視力であれば、遠く離れた場所にいる獣も隠れずによく見える。
「一キロ先に猪が居るわね。あれでいいわ」
「全っ然見えませんわ………………でもシフィーさんが居るとおっしゃられるのならばきっと居るんですわね! 急いで向かいましょうシフィーさん!」
「いえ、ここから撃ってしまいましょう」
指先に魔力弾を―――遠方見通す瞳でしっかりと狙いを定め、無音で発射。
一キロを一秒未満で駆け抜けた魔力弾は猪が衝撃に気づくよりも早く頭蓋を砕く。
命中と、得意げに一言呟いたらシフィー。
次の瞬間、神速にて何者かが飛来した。
「魔力形式・5thっ!」
自身とミリスを包む防御壁を展開―――だが飛来したそれの垂れ流す魔力圧によりすぐさま消し飛び。
二人は飛来したソレの、全容を眼にする。
純白の鱗、紅玉の瞳、悠に五十メートルを超える体躯―――それは、シフィーも知る古城に残った古い文献にすら記された個体である。
白竜古来種、世を見下ろす獣―――名を、エルドラ。
そのブレスは一息で都市を焼き尽くし、森を均し、海の表面を干上がらせ。
鱗は文献上、かつての勇者が使ったと伝えられる聖剣以外で傷つけられた事がなく。
その瞳は、千里先の鼠すらも見逃さない。
そして何よりも、その生物としての特性が広く知られている。
それは異空間、世界の裏へと潜るというもの―――この世界を皮一枚ひっくり返した先の世界へと潜り込み、ある日突然こちらの世界へと現れる。
この瞬間現れるまで、シフィーがその存在を察知できなかったのはそれが理由だ。
「魔力形式・7thッ!!!」
シフィーの背に、魔力で翼が形成される。
ミリスを抱き抱え、羽ばたき、即座にその場を離脱―――だが、出せる速度はミリスの体が耐えうるギリギリ。
ゆっくりと加速をかけていたが、許されるトップスピードに乗るよりも先に異空間よりエルドラの掌が現れた。
「ッ………………! ミリス、逃げて!」
「シフィーさん、何を?!」
ミリスを下ろし、自身はエルドラへと向く。
ミリスがこの場から離れる時間程度ならば稼げると踏んだのだ。
『………………少女よ、何故逃げる』
「シフィーさんを残して逃げるなんて、私…………!」
『少女よ、聞こえているだろう………………』
「私だけで逃げるならどうとでもなる、だから早くっ!」
『少女よ………………我が声に応えよ………………』
「ミリス、邪魔になりたくなければ逃げて!」
『聞こえていないのか、少女よ………………』
「必ず、必ず追って来てくださいましね!」
『少女よ…………!』
「勿論よ、約束したもの………………魔力形式・ 10thッ!」
『少女よッ!!!』
ここで漸く、シフィーは脳内に響く声に気づく。
魔力の波長を自身の声と合わせ、直接相手の脳に流し込む魔術の基礎技能、念話。
シフィーの脳に流れ込む魔力は、紛れもなくエルドラのものである。
「………………もしかして、話しかけてる?」
『声が届いたか、少女よ…………何故逃げるのだ』
「何故って…………ドラゴンが突然現れたら普通は逃げるじゃない。とても驚くわ」
『驚いたのは我の方だ。長らく死の森に止まっていた魔力が動き出したかと思えば、我の進行方向に攻撃を放ったのだからな…………我の裏世界に侵入しかねない攻撃など、勇者の聖剣ぶりであるぞ』
「あ………………つまり、びっくりして出て来ただけ?」
『びっくり…………敢えて否定はしないとしよう』
「成程………………魔力形式・2nd」
危険性がないと判断したシフィーは、既に森を抜ける位置にいるミリスまで鎖を伸ばして掴み、自身の元へと引き戻す。
途中何度も木に激突しかけては、その木がシフィーの魔力弾で弾け飛ぶ光景に絶叫しながら戻って来たミリスは息絶え絶え、顔面蒼白のまま状況が理解出来ず周囲をキョロキョロと。
そして再度エルドラを目にして、腰を抜かしその場に倒れ込む。
「なっ…………! やっぱり無理でしたのねシフィーさん?! 分かりましたわ、私も戦いますわ…………ッ! 死ぬ時は一緒ですわ…………ッ!」
「いや、大丈夫らしいわミリス―――この人…………? このドラゴン、私達を襲う気はないらしいのよ」
「…………へ?」
シフィーの言葉に反応して頷くエルドラを見たが、緊張は解けず―――一息で自身の命を奪える者の威圧感というのは、そう簡単に振り払えるものではない。
『緊張が解けぬか…………良い、ならばお前たちの価値観に合う姿となってやろう』
「ああ、人化の術ね」
『左様――――――』
ドラゴン含めた魔物の肉体は、魔力によって構成される―――故に、その操作に卓越したものならば容姿を変えるのも自由自在。
エルドラの様な長寿の魔物は、退屈凌ぎに人里へと紛れ込む様になり―――その際使う肉体はと変化する技術を、人化の術と呼ぶ。
「こ、これは何ですの………………」
「最近はこちらの姿のが多かったのでな―――そう変化に時間はかからぬ」
艶やかな女の声だ―――エルドラが光に包まれ、小さくなり数秒。
現れたのは、黒いウェディングドレスを纏い、顔をベールで覆い隠した女。
頭に生えたツノが、その正体がドラゴンである事を物語っている。
「ナ…………ナイスなボディーの女性ですわ………………」
「貴方は、白竜古来種のエルドラという事であっているのかしら?」
「是だ―――我こそがエルドラである」
「エルドラは普段竜の里の最奥に篭っているという話を見たのだけれど、どつしてこんな場所に?」
「竜の里か…………戻らず久しいな。最近まで我は、世界樹の根の一つに住んでいた。だが、同居人が死んでな…………あそこで死体は三日とかからず木の養分となってしまう………………だから、静かに埋葬してやれる場所を探しているのだ」
人化したエルドラの元には、一つ厳かな棺が置いてある。
それが同居人であろうと理解した二人は、それと同時に棺を撫でるエルドラを見て、その中の者とエルドラの関係性も理解する。
悠久の時を生きるドラゴンとしては、愛した者の遺体が世界樹に吸われてしまうなど耐え難いであろう。
棺に向けられる視線すら慈しみ深く、棺を撫でる手は恋人の頭を撫でる様に優しく。
そこに、先程までの威圧感は毛程も残ってはいなかった。
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