水着で遊んでいたら触手型の魔物が出た
こちらは盛り込めずに諦めたNG集、もといハプニング集です。
◆テイク1:ドゥーラがイブを激励し、送り出した時
飛び立ってゆく魔石ルンを見上げ、ドゥーラはわずかに溜め息を吐いた。
それはイブを殴ったことであり、指揮する者としては正しい、しかし友人として考えると後悔をするものだ。
「浮かぬ顔をしておるのう、ドゥーラ」
「やっぱり駄目だわ、私は指揮官には向いてない。いつか皆から嫌われてしまうのが少しだけ怖いなんて……言えないわね」
くつくつと竜は笑う。まだ若年の指揮官候補というのに、人間としての情に溢れた女性でもある。己の拳をじっと見つめ、皮が剥けて赤くなっているがそれ以上の痛みを感じているように見える。
「平気じゃろう。おぬしは嫌われぬ。あやつらは気の良い馬鹿の集まりで、いくら殴りつけても敬語さえ使わぬのじゃぞ? ふ、ふ、周りの偉い奴らは蔑むじゃろうがそれを人徳とわしは呼ぶ」
じん、とドゥーラの胸に響く言葉だった。遠隔地への転移という魔術を易々(やすやす)と操り、いまだに正体の知れぬ相手だというのに。
少なくともウリドラは人としての情を理解している。ずっと前、迷宮攻略を開始する頃に見かけたときは、そのような女性ではないと思っていたのに。
そしてもうひとつ、竜は異なる表情を身につけていた。
それは悪戯を楽しむような笑みであり、今か今かとワクワクしながら待っている表情だ。得もいえぬ思いをし、わずかにドゥーラの背筋へ汗が伝う。
「……あなた、その表情は何?」
「ん? うむ、そろそろかと思うてな。この本陣を目指してあの魔物は進んでおる。しかしあの図体じゃ。辿り着くのは夜になりかねぬ。ならばどうすれば良いか、愚鈍な頭でも考えるじゃろう?」
わずかに戸惑いつつ、ドゥーラはこくりと頷く。
振り返って水平線を眺めると、距離にしておおよそ1キロ弱は離れている。しかしあれがどうやって本陣を攻撃できるのかと思案する。
「っ! 遠隔攻撃ね!」
「ぶぶー、外れじゃ。あと5秒じゃぞ、3、2、1……」
わけも分からないうちに、ずるんと来た。砂浜から潜ってやってきた触手は、ドゥーラの足首から太もも、キャミソールを通って首筋にまで巻き付いてくる。
「これは、まさか地中を……ッ!」
仲間へ助けを求めようと口を開いた瞬間、さらにずるんと口内にまで入り込む。一瞬にして身動きひとつとして取れなくなり、どっと嫌な汗が流れ落ちた。吸盤など見当たらないのに吸い付き、獲物を逃さぬよう絡みついてくる。
ぬめり、とそれがナメクジのよう蠕動を開始してキャミソールの中を這う。その得もいえぬ感触に、全身は総毛立った。
「グッ! ぐうっ、んむうううッ!」
「おーー、苦しげじゃのう。しかし、しかしじゃ、将来の司令官たるもの負けてはならぬぞ。皆を背後から支える以上、決して弱みを見せてはならぬ」
黒髪の女性は長い脚でゆっくりと目の前まで歩き、そして土中にある触手の根本を踏みつける。たったそれだけで砂浜へ引きずり込む事が出来なくなり、触手はビクンと波打った。
最悪な事態はまぬがれ、ほっとしたのは数秒だった。
ナメクジじみた蠕動はより動きを強め、太ももから背中、そして胸へと張り付いてぬるぬると締め上げる。
(化物め、このまま私を絞め殺す気か!!)
慌てて両手で印を組み、骨や筋肉の強度を高めるとミシミシという嫌な音は止まる。これは水中など祈りを捧げられない時の為の技であり、略式の簡易的なものだ。
では違う手を打とう、という風に触手は蠢くと今度は両方の太ももへと絡みつき、ゆっくりと正座のように座らされてゆく。
「んぐっ、んぐっ! ンンンーーーーッ!」
ずるりと砂浜から異なる触手が先端を見せると、軽いパニックに陥った。まずい、まずい、水着のなかにいぃ……っ!
もうあまり下を見たくない。キャミソールの中をどるどると触手は暴れ、刺激はより強まる。ぬるぬると腰を撫で、もっと座れと命じてくる。たぶん地面に腰を下ろせば、より強い刺激になるだろう。
助けてと瞳を見開くと、魔導竜は困ったよう小首を傾げていた。
「さて、わしは確かにこの本陣の守護を任されておる。しかしこの場合はどうじゃろう。おぬしの成長する機会を妨げてしまうのではと、少々頭を悩ませておるのじゃ」
ンーンーと首を振り、これは平気だから、助けて問題無いからと叫びたいのに、触手は舌に絡みついて離れない。それどころか舌全体をヌポリと隙間なく覆い、こちらまで蠕動を始めてしまうと……!
「ングぅーーッ! あッ、うッ、うふッ!」
吐き気を堪らえたせいで胸から上がビクビクと震える。その時に、妙に心細い気持ちに襲われた。見たくない、見たくない、見たくは無いが見なければならない。
ゆっくりと視線を下へ降ろしてゆくと……やはりだ、触手のあいだを己の水着だったものが流れてゆく。
ああ、ついにキャミソールの中を剥かれてしまった。もう触手から身を守るものは一切なく、それを知ってか触手はさらに動きを早める。
「ふーっ、ふーッ、ふうう゛っ! おっ、う゛ッ!」
ぬるりと来る感触がよりリアルになり、心細さのあまり情けない声を放つ。暴れたせいで息は熱く、常夏の楽園であろうと湯気だつような熱い息を。
そしてようやくドゥーラは覚悟した。
「まいっは! まいっは! まいりまひはあああっ!!」
赤い髪を振り乱し、涙をこぼしてそう言うと、信じられないことに魔導竜は腹をかかえて笑った。だあーーっはっは!という下品な笑い声であり、悔しくて悔しくて涙がぼろぼろと流れて止まらない。
その背後ではシャーリーなる無口な女性がオロオロとしているが、助けてはくれないので怒りは炎のように湧き上がる。
許せない女たちだ、絶対にもう金輪際として信用しない、などとドゥーラは思ったらしい。
◆テイク2 プセリ・ブラックローズが触手へと一撃を放った直後
――どぢゅりッ!
そのような奇妙な手応えにプセリは眉をひそめた。
突進する角度としては申し分なく、己の持つ質量、そして速度を最大にまで高めた一撃だ。しかし衝撃を逃がすよう触手は円型に波打ち、駆け抜けながらその脳裏に残った映像をプセリは繰り返し流す。
「なんですのッ、いまのは……ッ!」
幻獣である黒馬は、たとえ海上であろうと事もなく駆ける。それ故に砂国でありながらも槍突撃なる技能を有している。
一族ゆずりの高い防御力と突撃性能、それに磨きをかけ続けたからこそ統主に認められたと彼女は考えていた。
しかし実際のところ、ダイヤモンド隊のメンバーたちはそのような力を求めていない。隊員らに優しく、それでいて淑女としての規律を求める姿、浪費癖はあるもののそれを補うカリスマ性により認められたのだ。
破壊できなかった事にプセリは歯ぎしりをし、それから当初の目的であった頭上を見上げる。触手の先端はイブを捕まえており、少年の補助により解放された光景へ、ほうと安堵の息を吐いた。
ちょうどその頃、魔物には無敵化の能力があることが判明していたが、彼女の思考はただ触手の破壊を求めていた。
プライドもあるだろうが、彼女の場合は本能的に燃え上がるものがあった。なにしろ、阻むものは全て破壊しなければ気が済まない。邪魔をする者、仲間を襲う者、それらをすべて踏みにじらなければ、このざわざわと波打つ髪のように闘志が一向に収まらない。
ざざあ、と波を飛ばして旋回をすると、普段の癖で兜を閉じる手つきをする。と、そこには獣がいた。瞳を吊り上げて爛々と輝かす、一体の獣が。恐らくはこの顔を見られないよう、突進のとき欠かさず兜を身につけるのだ。
――全てを穿つ一撃
無意味なので口には出さぬが、そのような技名を胸中で叫ぶ……
……のだが、槍突撃に集中するあまり、他の触手への注意を怠っていた。
真横から伸びてきた大質量の触手は、恐らくタイミングからして偶然だったと思う。何しろ魔物には先読みをするような頭脳などなく、ぶんぶんと振り回すのが基本攻撃だ。
ずべちゃあ、と粘液だくの触手にブチ当たり、黒馬だけが海上を疾走してゆくのだがプセリにとっては何が何だか分からない。
視界は全て黒い何かで覆われ、衝撃を吸収するよう大きくたわんでゆく。
あ、捕まえた、ラッキーと魔物は思ったかもしれない。あるいは単なる本能か、どろりとした粘液をより強め、反動で飛んでゆかないように図る。
「なっ、ちょっ、なんですのッ! これええッ!」
必死に腕を回して触手に掴まるが、それはきっと悪手だろう。獲物が自分からしがみついてくれるのだから、カリュブディスにとって喜ばしい。ならばそのまま絞め殺してやろう、などと思ったのに……。
「ふっ、ふふふっ、私の防御力を甘く見るなんて、笑えますわねえッ!」
締め上げようとした触手へ、黒い闘気を吐き出して跳ね除けようとする様に怪物は慌てた。普通ならば大岩でさえ砕くような力を持っているというのに、プセリなる女性は笑みさえ浮かべている。
めりめりと引き剥がそうとする怪力は、もはやお嬢様とは呼べない。しかしこのままではせっかく捕まえた獲物に逃げられてしまう。
しかし、だ。
古代から生きていた怪物は、知能は無いものの本能を持っている。長い長い年月は魔物を成長させ、臨機応変な攻撃ができるようになった。
それがこの、むぢゃああ゛っと触手を数えきれぬほど分裂させることであり、より捕まえやすくする形態だ。
「おひイっ! きっ、気持ち悪っ……ちょっちょっ! 待っ!!」
ずむりっ、と両手両脚へと巻き付いた。数えきれぬ触手たちが、ぬめぬめとウナギのように絡みつき、その得もいえぬ感触に口元は引きつる。
これだけの数に絡まれると衝撃は分散され、ぬめっぬめっと今度は胴体へ向けて円を描きながら近づいてしまう。
「ふっ、ふっ、ふうーーっ! ンンンンーーーーッ!」
そのように深呼吸をしてから全力を放ったが、やはり宙ぶらりんでは跳ね除けられない。触手はさらに捕縛を強めようと――ついに胴体へ辿り着いてしまった。胸の形を強調するよう締め上げられ、力が入らないよう脚を開かされ、それどころか「もっと開け」と命じてくる。
懸命に暴れ、こらえはするものの尻のくぼみにまで触手が這うと、ゾクリとした吐き気をもよおす感覚に力は抜ける。
まずい、と思った。
これはまずい、触手はざわざわと這い上がっており、頼りない水着が破かれるのは時間の問題だ。魔石ルンに乗った仲間たちは今は旋回しており怪物の影を飛んでいる。だが、もう半周をすれば――見られてしまう。
実際のところ、そんな羞恥心を感じている場合ではない。それに残念ながら魔石ルンはイブを下ろすため本陣に向かうので、こちらへ戻るのはずっと後だ。
彼女の防御壁を破るため、より弱い場所、弱い場所へと触手は動き、泡立つような粘液が大量に海へと落ちてゆく。
上を向けと触手により頭を引かれ、見上げた青空には異なる触手が降りてくる事に……どくんと心臓は跳ね上がる。
「はーーっ、はあーーっ、いい加減に……うぶうっ!」
触手の先から、ぼたりと粘液が垂れてくる。それは彼女の形の良い鼻へと当たり、頬、喉、引き結んだ唇へと垂れてくる。
海水の匂いがする粘液で、胸や肩に当たってもなかなか流れ落ちない。もったりとした重さがあり、触れた肌は熱いとさえ感じる。それが時間をかけて起伏のある身体を流れてゆくのだから、おぞましさに打ち震える。
飲ませようとしている。
これを飲ませ、プセリの防御壁を弱まらせようとしている。長年、魔物と戦い続けていたプセリはそのように直感し、必死に唇を閉ざして耐えるのだが……。
ぼたたっ、と垂れた粘液は鼻と唇を覆い、どっと全身に汗をかく。呼吸さえ封じられたら……しかも既に両手両足も拘束され、最も力を入れられない角度まで開かされている。はしたないとさえ思うほどに。
「ぶあ……ッ!」
たまらず口を開くと、ぶくんと吐き出した息により粘液は盛り上がり、それから堰を切るように流れこむ。やはりどろどろとした感触で、ぽっかりと開いた口を閉ざせないほどの量と粘度。
どうにか頭を振って鼻だけは確保したが、すーすーと弱々しく息を吸うことしか出来ない。
どろおッ、と入ってきた。喉を伝い、熱いものが胃へ向けて進んでゆく。阻もうと全身に力を込めるが、それは傍から見てピンと伸びたつま先をビクビクと震わせている程度の儚い抵抗だった。
そしてようやくにして触手は牙を向く。内側にびっしりと細かい触手を生やし、それがのったりと彼女の首から下を飲み込んでしまう。その未知の感触に驚き、人よりも熱い体温にびびくっ!と全身は震えた。
やがて、ついに防御壁の隙間を見つけた魔物は……。
「という展開になっていると予想するんだが、どうだ?」
「んーー、アリだな。しかし俺ァ、やっぱりそういうのは苦手だ。もちろん好きな奴は好きだろうが、無理やりってのはどうもなア」
小道を疾走しながら、ゼラは意外そうな顔をする。老体は見た目によらず常識人であり、まっとうな女性との付き合い方を望んでいる点に驚いたのだ。
口は悪いものの、思い返してみればそれは相手が男性だったときに限る。驚いたのが半分、あとの半分は感心をしたという所か。
老人は「へっ」と笑い、それから片眉を持ち上げた。
「だいたいお前、もしドゥーラが同じ目にあったらどう思う?」
「ああッ? その前に殺すに決まってんだろ。おら、急ぐぞ爺さん!」
疾走する速度は既に常人のものでは無いのに、男というのはそんな会話をしてしまう。しかしガストンもまた、ゼラの意外な面に驚いていた。
――こいつ変態じゃねえか?
先ほどの妄想は本当に変態的だったので、将来の花嫁であるドゥーラを心配してしまう。いや彼女もそういう面を持っていそうだし、概ね幸せにやってけるか、などと老人は考え直した。




